聖マリアンナ医科大学病院のナース・リーダーシップ研修レポート
HRD社取締役十亀敏明は、「DiSC®フォーラム・事例発表」で紹介した聖マリアンナ医科大学病院の人材育成に以前から携わっており、同病院の中堅ナースへのリーダーシップトレーニングの実績を目のあたりにしてきた。質の高い目標マネジメント、看護師長など現場責任者の研修への情熱、それに応えていった中堅ナースの努力など、一般企業でも大いに参考になるだろう。なぜ同病院のナース研修はその成果をあげているのか、要因を分析してみる。
DiSC®研修と「効果性の8要素」を活用、
目標管理を実現。
中堅ナースがリーダーの自覚を身につけ、
スキルアップするまで。
看護師長、中堅ナースの熱意と努力が生み出した成果
まず、聖マリアンナ医科大学病院のリーダーシップ研修が素晴らしい成果をあげていることに、同病院の人材教育に携わったものとして非常に感動しています。
6年前から聖マリアンナ医科大学病院のリーダーシップ研修に携わってきましたが、2006年11月、中間成果発表会に呼ばれ、研修を受講したナースの意識が目に見える形で変化し、成長していることをその席で実感いたしました。
中間成果発表会は、セミナーを受講後4回にわたるグループワークセッションを経て、ナースが立てた個人目標を達成したプロセスを発表する会です。 7グループ、合計40数名の発表がありました。口頭発表、レジュメ配布、パワーポイント、現場のロールプレイングなど発表形態はさまざまでしたが、4 ヶ月前の研修で見たときより、格段に成長した姿がそこにありました。それは個人目標を達成するために先輩や上司など多くの人とコミュニケーションをとり、知識、スキル、環境の向上に成功した自信なのかもしれません。
今では、研修に参加したナースが、月刊のNEWS PAPERを創刊するほど意識化されています。このPAPERは、褥創患者(床ずれ)に対しての処置、ケア、対処、予防などのついて、皮膚係の中堅ナース が新人のナース及び他病棟に知らせていこうという内容です。
リ ーダーシップ研修は、ナース歴3年内外の、まだ職制としてはリーダーになっていないナースを対象とした研修ですが、創刊されたPAPERを読むとすでにリーダーシップ精神が培われ始めていることが伝わってきます。これもほんの一例です。
仕事の内容、性質が違うので一概には比較できませんが、企業の3年生社員がチームの仕事の改善のためにPAPERを出すことを想像すると、なかなかできることではなく、そこまで意識を高めていったリーダーシップ研修の成果の表れを見て取れます。そして、このような成果を生み出したのは、最も激務をこなしている看護師長自らが中堅ナースのリ ーダーシップ教育を強力にサポートし、取り組まれたからにほかなりません。この現実を見せられると、企業の管理職が「忙しさ」を理由に、部下の人材教育に取り組めないなどとはとてもいえないと痛感いたしました。
ボトムアップ型の職場改善、定着率の向上をめざして
聖マリアンナ医科大学病院の中堅ナースリーダーシップ研修が成果をあげた要因に、ボトムアップ型の職場改善に結びつけたことがあげられます。
変化の激しい環境の中で、病院に対する患者や地域のさまざまなニーズに応えるためには、現場ナースが自ら新しい知識やスキルを自発的に修得したり、積極的に職場の改善提案などを行うことが求められていました。
また、慢性的なナース不足にあって、聖マリアンナ医科大学病院でも、ナースの育成と定着率の向上が急務でした。ES(従業員満足度)の中でも、ナ ースが患者や職場における人間関係の「満足」「不満足」項目のそれぞれトップになっており、人間関係が重要な要素であることを示していたのです。
この二つの問題のソリューションには、トップダウン型ではなく、ボトムアップ型の研修教育が必要だったのです。同病院では、ボトムアップ型による研修教育により、自ら問題を発見し、自ら解決を図る「自立したナース」を創出しようと考えたのです。
自立したナースによる職場改善は、変化する病院環境や看護環境に対応する知識、スキルを身につけさせるだけでなく、人間関係の解決に大きな役割を果たします。同病院では、職場の人間関係を改善し、働きやすい職場環境を創出することによって、課題となっている定着率の向上を図ろうとしており、その成果が出ています。
そして、トップダウンの命令系統では決して実現しない、病院としてのクオリティ向上が形となって表れてきました。
グループワークセッションが成功の要因
研修の内容においては、導入したDiSC®トレーニングと、ビジョナリー・リーダーシップ・セミナーは、ナースの目標管理活用リーダーシップ研修に大きな成果をもたらしました。成功の要因には、年4回行われたグループワークセッションが大きく関わっていると思われます。
2006年度は6名構成で7グループがグループワークセ ッションを4回実施しています。このセッションには、研修委員会の看護師長がそれぞれファシリテ ーターとして入りました。
ナ ースたちは、前回のグループワークセッション以降の活動を持ち寄って、目標達成の進捗状況を確認しあい、グループメンバーの進捗状況に刺激を受け、そして動機づけられていきました。進捗状況を確認する中で、「うまくいった原因」「うまくいかなかった原因」をお互いに情報公開し、その際「DiSC®の違い」「8要素の発揮の仕方」が共通の指標として使われていきました。
ナースたちが職場で抱える人間関係は、後輩、同僚、先輩、上司など幅広く、トレーニングのコミュニケーションがとりづらいのですが、同病院ではDiSC®と「効果性の8要素」の共通認識があるため、比較的スムーズな意思疎通が図れたのも成功の一因といえるでしょう。
企業内研修のあり方に一石を投じる
自立したナースの育成は、病院という組織にとって大きな目標達成事項です。その重要案件にDiSC®研修とリーダーシップ研修が必須のプログラムとして組み込まれ、かつその効果を測定し、成果を挙げていることは特筆に価します。ともすれば、導入された研修が組織の目標達成に貢献せず、研修の効果を悲観する声が聞こえる中、同病院のリーダーシップ研修は企業内研修のあり方に一石を投じています。
聖マリアンナ医科大学病院の看護部長を務めておられる陣田泰子さんに『看護現場学への招待』(医学書院刊)という本があります。その本の中で、陣田さんは看護エキスパートになるための要件は、勤務経験の長さではなく、現場から学んだことを概念化する意識があるか、ないかだとおっしゃっています。
「病気もまた、人生において重要な意味を持つ。患者が病気を受け入れ、向かい合っていくプロセスから、奇跡とも思える治癒力を見せる看護の究極の目的は、現場(患者)から学び、患者のセルフケア能力をひきだすこと」といわれます。
どんなに経験を積んでも、現場から学び、人に伝えられるくらいに概念化できなければ、それはただ年数を過ごしているだけともいわれます。
いま、企業の一線に立っている幹部社員に、こう言い切れる経営者がどれだけいるでしょうか。聖マリアンナ医科大学病院の人材研修教育からは多くのことを学ぶことが可能です。
2006年08月30日