地政学・破壊的技術・政府規制動向から読み解く、2024年の組織・人材戦略
HRD株式会社 代表取締役
韮原 祐介
登壇者のご紹介
HRD株式会社 代表取締役
韮原 祐介
Yusuke Nirahara
1983年、千葉県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、アクセンチュアに新卒で入社。戦略策定、組織・人事改革、システム改革などに従事する。2012年~14年にかけてシンガポールに駐在し、ASEAN地域における日本企業の海外進出支援、組織・人事改革などを手掛けた。
2015年ブレインパッドの経営企画部長に就任し、中期経営計画の立案と実行を主導するかたわら、同社過去最大の大型案件を責任者として実行。同社の経常利益12倍、時価総額20倍超の達成に貢献。専門領域は、組織・人事改革、機械学習などのデータサイエンスやデジタルテクノロジーの活用による経営改善、サイバー防衛戦略。東京大学非常勤講師、東進デジタルユニバーシティ講師などを歴任。日本外交政策学会評議員。2022年より現職。著書に『サイバー攻撃への抗体獲得法』『いちばんやさしい機械学習プロジェクトの教本』がある。
セッション概要:https://www.hrd-inc.co.jp/hrd-next/2024/#modal-session5-day1
本講演では、地政学、破壊的技術、政府規制の動向を踏まえ、2024年以降のビジネス環境において重要となる組織と人材の戦略に焦点を当てます。参加者の皆様には、変化する世界において成功を収めるための鋭い洞察と実践的な戦略をご提供いたします。
地政学がビジネスに与える影響や、破壊的技術がもたらす新たな機会と脅威に焦点を当てながら、2024年の組織戦略における鍵となるポイントを具体的な事例を通じて解説いたします。また、政府規制の動向に敏感に対応し、効果的な人材戦略を構築するためのアプローチについても触れます。
参加者の皆様が2024年に向けてのビジネス展望をクリアにし、変動する環境においてリーダーシップを発揮できるような組織と人材の戦略を練る手助けを致します。未来の成功に向けて的確な判断と行動を共に積み重ねるために、ぜひご参加いただき、組織・人材戦略における新たな視点を共有しましょう。
プレゼンテーターはHRD株式会社代表取締役の韮原が務めます。
世界の動向から経営へのインパクトを洞察する
韮原:「地政学・破壊的技術・政府規制動向から読み解く、2024年の組織人材戦略」というテーマでお話を差し上げます。HRD株式会社の代表取締役、韮原祐介です。
私からは、個別の実践事例の紹介というよりも、今後世の中が向かっていく方向性や、その中で組織開発や人材の育成に関わる皆さんは、どういったことを考えどんな方向に向かっていけばよいかについて提言を差し上げ、今後どんな業界を作っていくのかという議論を皆さんとできればと思っています。
改めて「HRD NeXT」というイベントの趣旨を説明しますと、人材・組織に関わる業界の皆さんの未来の指針となるような提言ですとか、事例の共有や議論をする場として開催しています。先進的な例や考え方などを取り上げることによって、「What’s NeXT(eは小文字)」ですね、つまり「次に何が起こるのか」に考えを巡らせるきっかけになれば、という思いで開催しています。
以前は「アセスメントフォーラム」あるいは「DiSC事例研究会」といった名称で、かれこれもう30年ほど事例を共有する場は開催してきましたが、アセスメントそのものの活かし方というよりも、人材や組織に関わる業界がどう変わっていくかですとか、どう業界を作っていくかといった、より大きなテーマを掲げて3年ほど開催しています。
「NeXT」に込めた意味としては、未来に向けた胸躍るような発表を、人材・組織の業界でもしていきたいということが1つです。例えば、Google Cloudは「Google Cloud Next」というグローバルカンファレンスを開催しており、2018年に東京で開催された回に私も登壇しました。そこでは当時、クラウドやAIの新たな活用方法や今後の進歩といったさまざまな発表がされていました。
また、スティーブ・ジョブズがアップルを追放されたときに作った「NeXT(ネクスト)」という会社があります。NeXTは最後、Appleに買収されましたが、macOSの元となる基盤技術はNeXTのOSでした。このように、世の中を変えていくような次世代の基盤技術を発表するかのような意味を持ったカンファレンスにできたらという気持ちがあります。
「NeXT」の2文字目だけ小文字になっており、DiSC®も2文字目だけ小文字になっていますし、ProfileXT®の後ろ3文字とも一致するので、当社サービスから連想しやすいこともあって、本イベントを「HRD NeXT」という名称で開催しています。
ですので、人的資本経営をテーマにしているものの、人的資本経営をどう実践するかという話ではなく、人的資本経営のその先に何があるのか、どういった方向に持っていくべきなのか、といった点についてお話をしている場になります。
2024年は、人事のイノベーションということで、Day1では人事領域へのデータ活用やChatGPTの活用方法、最新のレポートにもとづく話などがありましたが、明日は人材業界の外にも目を向けて、ファッション・アートの業界でクリエイターを育てる方や芸能界でカリスマ作りをしてきた方が、どういうことを考えて人の育成にどう取り組んでいるのかといったことも含め、構成しています。
ところで話が変わりますが、NeXT社のロゴはポール・ランドという20世紀後半のアメリカを代表するデザイナーがデザインしました。彼は、IBMやエンロンのロゴ制作でも知られたデザイナーですが、NeXT社のロゴはジョブズ自ら1986年にポールに発注し、報酬は10万ドルだったそうです。
HRDやHRD NeXTのロゴは、武蔵野美術大学の教授も務める髙橋理子さんというアーティストにお願いしたものです。去年、私どもの30周年に合わせてロゴをリニューアルし、また今回のHRD NeXTのロゴもデザインいただいています。ここで少し、髙橋さんのご紹介もしたいと思います。3年ほど前のオリンピックに合わせてアディダスとのコラボでユニフォームを制作しています。
IKEAも彼女とコラボレーションしており、高橋さんデザインのクッションなどが出ています。アップル、シュウ ウエムラ、BMWなどにデザインを提供しているほか、フェンディでもかなり前にコラボレーションをしていますね。
髙橋さんは、アーティストとして世界的な評価を受けています。ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート美術館に、高橋さんの作られた着物が永久収蔵品として展示されていたり、フランスのパリで2022年に開かれた企画展では、髙橋さんの作品がキービジュアルになったりしました。
そうした方に弊社のロゴをデザインいただいたり、イベントのクリエイティブディレクションを担当していただいたりしているわけですが、髙橋さんは活動の目的を「身近なものに対する思い込みや固定観念を打ち破るきっかけを生み出し、物事の本質に意識を巡らせる状況への誘導」だと言っています。
私たちも次世代に何を残すべきか、とよく考えを巡らせています。そうした生業をしているのが、人材や組織の業界であり、HRDという会社だと思っています。世の中をよくしていこうと行動するとき、今までの固定観念を打ち破ることが非常に大事になります。
HRD NeXTというイベントも、これまでの固定観念みたいなものが変わるきっかけになればという思いを込めています。髙橋さんの活動目的と非常にオーバーラップするイベントであると思い、ご紹介させていただきました。
いま進みゆくパラダイムシフト、経営分析のフレームワークもアップデートを
ここからは本題の組織・人材に関して、これから一体何が起こってくるのか、どういう方向に向かっていくのかという「What’s NeXT」の話を、私なりの見解でお伝えしたいと思います。
まず前提として、企業には事業の戦略があり、それと整合するような組織の戦略があって、またそれと整合するような人材の戦略があるべき、という考え方を持っています。HRD NeXTが始まって以来、このような話を差し上げています。
伊藤レポートがもっとも言わんとしたことも、「経営戦略と人材戦略の連動」であると思っていますので、伊藤レポートの考え方も踏襲して、この枠組みで考えていきます。
組織・人材の戦略を語るためには、事業の戦略つまり経営環境そのものを分かっていなければいけないということが、ポイントになります。世の中には、3C・4C 、ファイブフォースなど、経営戦略を語るためのフレームワークがあるのは皆さんもご存知のことだと思いますが、これから起こることに対して何をしていくべきかを考えるにあたっては、フレームワークそのものをアップデートする必要があると考えています。
例えば、3Cでは顧客・市場・競合を見ていればよかったわけです。しかし、直近ではウクライナ戦争以降、国際情勢とそれに合わせた政府の規制・動向も見ていかなければいけなくなりました。
例えば、「ガソリン車を廃止する」と急に政府が決定したら、当然ながら企業の競争戦略も影響を受けます。顧客がどうだ、競合がどうだ、自社がどうだという話をする以前に、国がガソリン車廃止に舵を切ったら、自動車業界は変わらざるを得ません。
資源が問題なく調達できるのかといったことにも国際情勢が関わります。政府がどうカーボンニュートラルに向けた規制するかによっても変わりますが、経営戦略を語る上で、3Cの外側にある国際情勢や政府規制をまず見なければいけません。
今日のほかのセッションで生成AIの話がありましたが、そうした破壊的新技術も登場します。生成AIがどうなっていくか、破壊的新技術に関する分析も経営上は必要です。
競合だとも思っていなかった破壊的技術を持った新興企業が突然出てきて、ゲームチェンジをすることは十分に起こりえます。このように自社の競争環境が急変することはよくありますので、3Cの外側に破壊的技術、国際情勢、政府規制を含めた新たな枠組みで見なければいけないというのが、What’s NeXTの1点目として2年前からお話をしてきたことになります。
年々高まっていく世界の不確実性
では、この新しい枠組みにもとづいて、組織戦略や人材戦略を考えるために、今の国際情勢がどうなっているのかについてお話しします。
前提として、世界の不確実性が年々どんどん高まっています。(スライドを投影しながら)IMFが出している、1959年以来の世界の不確実性のインデックスの状況です。1963年のケネディ大統領の暗殺事件、それ以降の国際的な通貨危機、ドル危機、ブラックマンデーなど、さまざまな出来事がありました。中でもとくにテンションが高まったのは、アメリカ中国間の貿易摩擦やブレグジットが同時に起きた2019年ころだと報告されています。
このレポートは2019年以降も続いているのですが、グラフにまとめられていないので口頭になりますが、パンデミックのときの水準は2019年をはるかに超えて、人類がこれまでに経験したことのない不確実性の高さに至ったとされています。
2001年に911が起きるまでは、第二次大戦後のポストウォー体制が続き比較的安定期だったと、今になっては言えると見受けられます。そこから2019年までの間に混乱が増え、パンデミック以降は混沌期と呼べる状態になったというのが、大局的な時代の見方ではないかと感じています。
さまざまな経営戦略フレームワークがありますが、それらはこの安定期で定着したものではないかと思っていて、2001年以降の混沌期以降は新しいフレームワークで経営を考えていかなければいけないのではないかというのが、私の考えていることになります。なので、外側に国際情勢、政府規制、新技術の状況を見ていくようなフレームワークを提唱しているわけです。
30年続いたグローバリゼーションの終焉
とくに国際情勢においては、パンデミックの後、ウクライナ戦争が起きました。この争いが始まって2年経ちますが、いまだに続いています。世界の知識人たちは、ウクライナ戦争がもたらしたものはグローバリゼーションの終焉だと捉えていますし、私も同様に考えています。ポストウォーの安定期はグローバリゼーションの波に乗って企業も成長しましたが、そのパラダイム自体が変わったと捉えるべきだと思っています。
ちなみに2年前の講演で私が登壇した際、これからサプライチェーンリスクが高まっていくという話を差し上げました。ロシアによるウクライナ侵攻や台湾有事のリスクが懸念されることをお伝えしました。その1ヶ月後くらいに、実際にロシアがウクライナに侵攻したわけですが、その後の状況を見てみるとサプライチェーンリスクがずいぶん高まったと理解いただいていると思います。残念なことですが、当時懸念したことが当たってしまいました。
グローバリゼーションの終焉について、象徴的な出来事がありました。ロシアの非難決議を国連の安全保障理事会で執り行いましたが、国数で見ると賛成多数ではあるものの、人口で見ると棄権国と反対国の人口の計41億人、賛成国の人口が計36億人と、ロシアを非難する国が劣勢になってしまいました。そもそも世界各国が分断していますし、戦争の当事国であるロシアが常任理事国にいて拒否権を発動できるので、世界の協調体制を図っていく場として国連が機能していないという状況になっています。そう考えると、西側諸国を中心とするグローバリゼーションが終わったと思わざるをえません。
世界最大の資産運用会社、ブラックロック社のCEOであるラリー・フィンクが、ウクライナ戦争が始まった後、「ロシアのウクライナ侵攻により我々が過去30年間で経験してきたグローバリゼーションは終焉を迎えた」と言っています。国家予算何十年分といった莫大な資産を運用する世界一の資産運用会社のトップがこう言っていることを考えても、パラダイムが変わったのだと考えなければいけないでしょう。
HRD NeXT 2023での私のプレゼンでは、こういう状況なので有事に備えを始める1年だという話をしました。冷戦時代に西側東側で争っていたときの第一戦線がドイツでした。今後、もしかしたら日本がアメリカと中国・ロシアの間の争いのど真ん中に入るかもしれません。
リーマンショック以来の“スローバリゼーション”で保護貿易化が進む
世界の貿易開放度という、海外との貿易が自由に行われている程度からグローバリゼーションの進み具合を見ようとする指標があるのですが、これを見ても実はリーマン・ショックころから既にグローバリゼーションの終焉が始まっていたと分析されています。
日本が開国した1854年ころから第一次大戦の開戦ころまでは貿易開放度が上がっていき、2つの大戦を経て下がりました。第二次世界大戦が終わったころから貿易開放度がまた上がったのですが、リーマン・ショックのころから下がりはじめていたんですね。
こうしたデータを読み解いても、やはり1945年以降の安定的なパラダイムを変えていかなければいけないということは、組織・人材を語る以前に前提として考えておかなければいけないと思っています。
では、何が大きな変化要因なのか。それは、アメリカの単独覇権が終わったということだと思います。一国で覇権を取るには国力が弱まっているということですね。GDPの将来予測を見てみます。さまざまな予測があるので何とも言えませんが、2030年ころには中国がアメリカと拮抗し、2040年ころには中国がアメリカを追い抜き、その後ろにインドの足跡が見えはじめ、2050年になるとインドがアメリカを抜いて世界2位になるのではないかという分析がされています。
一国で世界の覇権を牛耳っていける状況がなくなれば、自由に貿易を行いながら世界で一番安いところに生産を任せておけばいいという考え方ができなくなります。つまり、これからは保護貿易化が進むと考えられるということですね。まさにスローバリエーションがリーマン・ショック以来進み、ウクライナ戦がとどめとなりグローバリゼーションが終わったと捉えておくべきだと考えています。
その根拠として、グローバリゼーションの時代は世界で一番安いところで人を雇ってそこでものを作るという考え方が主流でしたが、国際情勢が変わり中国リスクが高まってきた今は多国籍企業の4割強で友好国にアウトソースする考え方に変化してきています。
アメリカのイエレン財務長官も友好国とのフレンド供給網を作るべく、アジア歴訪を重ねています。とにかく、安い国で生産するという考えから、友好国の中で経済を回していくフレンドショアリングの考え方に変わりつつあり、ここでもまさにグローバリゼーションが終わったということが見て取れます。
その流れを受けて、日本が中国に半導体を売るのはまずいということで、2022年の11月に対中半導体規制がアメリカから同盟国に通達され、2023年の5月には、日本でも経産省が半導体の対中輸出規制をかけることが発表されました。
半導体もこれまでは、どこの国にも自由に売れる競争環境だったわけですが、国際情勢に合わせた政府規制によって景色が変わってしまったということ。競合や顧客だけを見ていても把握できないような変化が外部で起きるので、国際情勢も見ましょうということが経営について私が言いいたいことの1つです。
去年のHRD NeXT 2023以降に起きた主な国際情勢についてお話しします。中国では習近平が再選し、2023年10月にはハマスがイスラエルを攻撃したことで中東でまた戦争が始まり、2024年1月には台湾の総統選で親米派が勝利しました。
NBC Newsの報道によると、中国は台湾を再統合すると言っているようですが、たしかに地図でみると中国から見ると台湾はとても近くて、日本の尖閣諸島や先島諸島も結構近いんですね。なので、台湾有事が本当に起きたときに、日本企業もビジネスを考え直さなければいけなくなるので、今からどんなインパクトがあり得るかよく検討しておく必要があります。
中国共産党のリーダーは、利害得失ではなく理念・思想で判断するタイプだといわれていますので、直前までどうなるかは分かりませんが、あり得るものとして経営として備えておく必要があるという話ですね。
なお、台湾に中国が侵攻しても国際情勢上は一国の中における内戦だと捉えられますが、北朝鮮と韓国は停戦状態でまだ戦争中です。
有事が起きた際に自分の会社にどういった影響があるかは取締役会で考えておくべきことだといえます。どういう準備をしておくべきか、現在の経営陣は有事下の経営に対する資質やスキルを持ち合わせているかといったことは、取締役会で議論しておくべき話だと思います。
両利き経営の先にある経営戦略パラダイム
合わせて、経営戦略を変えなければいけないという話の必然性をお話しします。経営戦略のパラダイムも時代とともに変わっています。昔は「ポジショニング派」といって、とにかくポジションを取れば市場で勝てるという考え方が主流でした。そこから、企業のケイパビリティやリソースが大事だという考え方が生まれ、その後は7Sやタイムベースに着目した考え方に変わり、どちらの考え方も大事だという中道派が起こり、イノベーションも捨て置けないとクレイトン・クリステンセンが言いました。
その後もいろいろあって、イノベーションや新規事業も大事だし、既存事業を頑張ることも大事だという論調に変わってきて、近年「両利き経営」と言われるものが最新のパラダイムになっていますが、パラダイムが変わる背景にはマーケット上のゲームチェンジがあります。
ポジショニング派からケイパビリティ派に変わった背景にあったのは、日本企業の躍進です。スーパーカブ(ホンダ製の初代オートバイ)がアメリカ市場をあっという間に取ったときに、ホンダはポジショニングを考えてスーパーカブを投入したわけではなく、ケイパビリティによって市場を席捲したのではないかといった分析がされました。JAPAN as No.1だった時代のことです。日本企業の時間の使い方と人材の力こそが、競争優位の源泉であるという議論がなされたわけですね。
その後、インターネットやパソコンが普及するにあたり、イノベーションが起きると世の中があっという間に変わるといった議論になり、金融危機が起きた後に競争優位の終焉が言われるようになり、GAFAが躍進していく中で、両利き経営の重要性が言われるようになりはじめた後にパンデミックが起き、そして今、グローバリゼーションが終わろうとしています。
世の中のパラダイムが大きく変わっていますので、経営戦略のパラダイムも変わっていくはずだろう、という視点が必要です。
国際情勢と同様にウォッチすべき政府規制と破壊的新技術の動向
韮原:続いて、政府規制について簡単に見ていきましょう。
政府の規制にはとても大きなパワーがあります。例えば、パンデミック下での閉店要請やワクチン接種、ほかにも関連規制がありました。カーボンニュートラルについても、仮に政府が「ガソリン車を廃止します」と言った場合、企業は合わせなければいけなくなります。中国では政府がデータを集めて国民の動きを監視していますし、近年ではヨーロッパを中心にテックジャイアント企業が政府から制裁を受けるといったニュースも珍しくなくなってきました。
半導体の対中輸出規制についても、国際情勢に合わせて日本も受け入れていますので、半導体メーカーや商社はこの政府規制に合わせてどうすべきかを考えていく必要があります。
2023年6月に施行されたLGBT理解増進法についても、アメリカの意向を受けて成立を急いだということがいわれています。日本においては、アメリカの意向が政府規制に反映されることもあり、例えばLGBT理解増進法の施行により、企業の中でも人材の扱い方を考え直さなければいけなくなっていきます。
そして、破壊的新技術の動向についても簡単にお伝えします。自社のビジネスを脅かす破壊的な新規事業は実はもう既に存在しているかもしれません。というのも、AIの次世代ブレークスルーは今から20、30年ぐらい先であり、それまでの間は現在の機械学習ベースのAI活用が進むだろうということを2年前のHDR NeXTで発表し、既に存在するIT企業の動向に気を配って見ていくべきだという話を2年前に差し上げました。
資料上にある「第3世代AI」というのは、機械学習ベースのもので、生成AIもこれに分類されます。2022年11月にOpebAIがChat GPTをリリースし、第3世代AIが一気に花開いてきましたが、生成AIのインパクトについては、session2でブレインパッド関口代表と話したとおりです。
生成AIが出てきたことで、エデュケーション関連の職種における自動化は非常に進みそうだという観測が出ている一方、タレント&オーガニゼーション(人材・組織)に関わるファンクションにおいては、自動化の余地が比較的少ないだろうことをお話しました。
さらに、教育研修関連の中身を見ると、サプライチェーン&オペレーション、つまり教材を作ったり、実際に教育を提供する領域については生成AIの影響が大きいと観測されており、私たち人材組織業界も非常に大きな影響を受けそうです。
また日本は生成AIによる生産性向上の余地が非常に大きいという予測もありました。以上を前提として踏まえ、組織と人材の戦略はどうあるべきか、また人的資本経営はいかにあるべきかという話に進みます。
伊藤レポートよりも前に指摘された戦略人事の重要性
2018年、当時、経済産業省の産業人材政策室の参事官を務めていた伊藤禎則さん。現在は岸田首相の秘書官をされている方ですが、その方とAI時代の人事はどうなるかという話をしました。そのとき伊藤さんが仰っていたのは、「これからの人事の役割は、真の意味で経営と融合した戦略人事だ」ということでした。
私は戦略人事の役割は、必要となる人材の量と質に合わせた人材マネジメントであり、全体を考えるってことが大事で、労務中心の人事部たたき上げの人よりも、事業部門の責任者を経験した人の方が適性があるんじゃないか、といったお話を差し上げました。
その後、2020年に「人材版伊藤レポート」が発表され、伊藤さんと話したような、経営戦略と人材戦略を連動させる必要性が記載されました。CHROの設置という項目の中では、「事業側で成果責任を担った経験が有効となる」という記載がありました。動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用の項目には、「必要な人材の質と量を充足させ、中長期的に維持することが必要となる」ということが記載されました。
流動性の高い組織が企業の生命線
また、HRD NeXT 2022では、フロリダ大学ビジネススクールのアルン・シャーマ教授に登壇いただき、世の中の不確実性が高まり超高速の変化スピードになっていくので、組織自体の流動性を高めなければいけないということをお話いただきました。
つまり、人材も流動的に新しいスキルを身につけていかなければいけないということですし、組織の状況や外部環境もどんどん変わっていくので、学ぶスピードの速さ、言うなれば速習力、適応力といったことが大事であるというお話も差し上げました。
またアルーン教授は、この不確実性の高い時代において、3つのR(=組織のリストラクチャー、人材のリスキリング、リスケール)が大事だと話していました。組織を流動的にしていくためのカルチャー変革も大事で、私たちの提唱しているアプローチは1人1人のパーソナリティを人材アセスメントで測り、どういう人たちがいるかを把握した上で、エンタメ業界で実績のあるようなタレントマネジメントを組み合わせようということで、昨年からカルチャー変革のご支援についても、よくご相談をいただいています。以上が組織に関する話です。
人材の流動性を高める4つの指針
人材の戦略については、これもまた2年前の資料ですが、流動性の高い組織を作るにあたり4つの大方針を提言しました。1つは、人材戦略も流動的になりましょうというお話。2つ目は、人材マネジメントのパーソナライズ化とマイクロフィードバックの必要性。3つ目は、人材領域におけるデータ活用。そして4つ目が、経営層のリスキリングですね。以上の4つのうちとくに2つ目以外は、この2年でだいぶ進んだ印象があります。
事業戦略と組織戦略の統合に関しては伊藤レポートでも言われている通り、コンソーシアムなどが生まれ、その中で取り組みが盛り上がっているようです。マイクロフィードバック、つまり年に1回の評価ではなく、日々評価をしていきましょうという取り組みも、Unipos社やSushiBous社、THANKS GIFT社などの利用者数が伸びていることを見ても、動きが加速していると感じます。
人材領域におけるデータ活用についても、東海東京証券様や出光興産様にもお話いただいたように、人材のアセスメントデータを活かしてどう業績を上げていくのかという取り組みがずいぶん進んできており、ここについては僭越ながら私どもも貢献できている部分があるのではないかと思います。
経営層のリスキリングについては、岸田首相が東大の松尾教授のところに生成AIを学びに行かれたというニュースがありましたが、トップリーダーもリスキリングしなければいけないといった風潮ができつつあると感じます。
人材マネジメントは、パーソナライズ化の時代へ
韮原:では、これからどうなっていくのか、ということについて。タレントマネジメントのパーソナライズ化が今後の本丸ではないかと考えております。
企業の外、例えばインターネット社会に目を向けてみると、SNSを見てもECサイトを見ても「あなたへのおすすめ情報」が必ず提案されますし、ゲームの世界を考えてみても、プレイヤーを自分好みにカスタマイズして遊ぶことが当たり前になっています。そうして育った人たちが社会人となり、企業においても中心的な世代になりつつあります。そうした社会で、単一的な人事制度の上に「みんなこれに乗っかってください」というのはなかなか厳しいのではないか、と思います。
ですので、タレントマネジメントの考え方にもとづいて、キャリアや人材育成もパーソナライゼーションを進めるべきで、その人へのおすすめキャリアはどういうものかということを会社が考え、本人の嗜好に応じて長期的なキャリアの展望を本人とすり合わせていく。それを行う上で、DiSC®やProfileXT®のような心理的な特性に関する情報も重要な役割を果たしますし、その人のキャリアプランや学習意欲に応じたアサインメントやOJT/OFF-JTを行う必要があります。
東海東京証券様の取り組みでも、部下のアセスメント(ProfileXT🄬)の結果に応じて上司による指導の仕方を変えているといったお話がありました。個々の興味や学習スピード、スタイルに合わせたOJT/OFF-JTがどんどん進んでいくようになると思います。タレントマネジメントをいよいよパーソナライズ化していくという、外の世界では当たり前になっていることを企業の中、人事制度の中にも盛り込んでいくことが、今後は必須になると考えています。
人材マネジメントのコペルニクス的転回
これは、ある種タレントマネジメントの世界ではコペルニクス的な展開です。
以前は、全社一律で公平な制度・仕組みに全社員が合わせることが当たり前でした。今でもそのような仕組みの企業が多いかもしれませんが、これからは1人1人の自分らしさや個性を解放するような人事制度や仕組みが必要になってくるのではないかと思います。福利厚生の使い方が1人1人で異なるとか、個々人によって異なる制度が提供されるといったことが現実になっていくのではないか、と。
それはなぜかというと、Web世界ではすでに1人1人にパーソナライズされたコミュニケーションが当たり前になっているからです。
そこで、「身近なものに対する思い込みや固定観念を打ち破る」という高橋さんの理念に戻ります。着物はこういう柄という固定観念をくつがえす斬新なデザイン、仁王立ちという出で立ちに表れています。アーティスト活動を通じて、思い込みや固定観念に考えを巡らせるきっかけを与えてくれています。
私たちも、パーソナライゼーションされた新しい人事制度が大事になるのではないかと考えています。今日も一生懸命、世界情勢に関する常識が転換したお話を差し上げました。「そうかもしれない」と考えを巡らせてもらえたらうれしいですし、「全然違うと思う」と反対意見を挙げてもらっても新たな議論ができ、おもしろいと思います。
デジタル社会の行き着く先は「ココロ中心社会」
韮原:さて、私たちの社会が未来に行き着く先についても考えていきたいと思います。デジタル社会はどんどん進歩しており、AI活用も便利なので、今後どんどん進んでいくと思います。そうするとどうなっていくのかといいますと、「超効率的な」世の中になりますよね。
超効率的というのは、余計なことはやらないということです。例えば、お店に行ってもレジ打ちは客自身がやったり、あるいは画像処理などで商品を手に取った時点で金額が計算されたりというように。人と接しないので、例えばお釣りを渡すときに、「いつもの店員さんだな」と思ったり「今日は遅いですね」といった会話もないということです。
例えば昔は、電車に乗るとき、改札で切符を切ってもらっていました。その際にも客と駅員とのコミュニケーションがあったと思います。効率化が進むことは一概に良い・悪いで論じられないと思いますが、効率的になること自体は悪くはないでしょう。
ただそのときに、コミュニケーションが減ることで、何となく心が満たされないことが出てきます。無駄なことをやる時間も減っていきます。デジタル社会が進んで便利になる一方で、おもてなしを受けたい、人と心を通わせ合いたい、といった気持ちは満たされない人も生まれると思います。
効率が上がって人でなくてもできる仕事は機械やデジタルツールがやっていきます。一方、人間が働く仕事については、人間らしさが仕事の中心になっていくでしょう。満たされない心の裏腹に、心が通ったサービスの需要はどんどん大きくなっていきます。デジタル化の先の未来は、超効率的で超便利なんですが何となく寂しい社会である、ということです。
そうした中、人間らしさの発揮できる仕事こそ、人間が行う仕事の中心になっていくと考えると、おそらく2040年ころに向かって「ココロ中心社会」に移行していくと思います。今はデジタル化が進み、「ココロ中心社会」に移行するまでの過渡期ですね。
私たちも、この過渡期の間の架け橋のような存在として、経営していきたいと思っています。DiSC®やProfileXT®の資格者の皆さんとともに、組織や人材をデジタル化していく、つまりデータを測って経営に貢献していきたいといったことは進めていきたい。同時に、その裏で世の中全体がデジタル化していった後の人間同士で心を通わせ合いたい欲求が顕在化した社会に向けた橋渡しについても、皆さんにお使いいただいているアセスメントや私たちのサービスが役に立つのではないかと考えています。
さて、「人的資本経営のその先へ」をテーマに長い話をしてきましたが、結局のところデジタル化の進展は、人々の心を寂しくさせてしまうので、そうではない温かな社会を実現できたらと思っています。それにはですね、アセスメントの実施や生成AIを活用して便利に人材教育を行うといったこともありますが、便利になった後に心が通い合った教育ができるか、そういう業界を作れるかどうかということが、「人的資本経営のその先へ」というテーマで私がお話したかったことです。
ご清聴、ありがとうございました。
セッション動画全編はこちら
動画申し込みURL:https://survey.hrdgroup.jp/zs/3xClf3
2024年01月25日