人的資本経営とサクセッションプランニング
CEOリーダーシップレポート2023から組織・人材戦略を考える
株式会社マネジメントサービスセンター 代表取締役社長
遠山 雅弘 氏
登壇者のご紹介
ゲストスピーカー
株式会社マネジメントサービスセンター 代表取締役社長
遠山 雅弘 氏
Tohyama Masahiro
早稲田大学第一文学部卒。株式会社帝国データバンクを経て、株式会社マネジメントサービスセンター入社後、役員や事業部長などのエグゼクティブクラスの選抜・育成に関するグローバルプロジェクトに数多く携わる。
2019年より現職。提携先のDDIとの連携を深め、企業戦略に基づくタレントマネジメントのコンサルティングに従事。現在、経営陣をリードし、企業の人材戦略・育成分野において、企業の成長を支援し続けるHRパートナーとしての企業価値の創造に取り組む。
モデレーター
HRD株式会社 代表取締役
韮原 祐介
Yusuke Nirahara
1983年、千葉県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、アクセンチュアに新卒で入社。戦略策定、組織・人事改革、システム改革などに従事する。2012年~14年にかけてシンガポールに駐在し、ASEAN地域における日本企業の海外進出支援、組織・人事改革などを手掛けた。
2015年ブレインパッドの経営企画部長に就任し、中期経営計画の立案と実行を主導するかたわら、同社過去最大の大型案件を責任者として実行。同社の経常利益12倍、時価総額20倍超の達成に貢献。専門領域は、組織・人事改革、機械学習などのデータサイエンスやデジタルテクノロジーの活用による経営改善、サイバー防衛戦略。東京大学非常勤講師、東進デジタルユニバーシティ講師などを歴任。日本外交政策学会評議員。2022年より現職。著書に『サイバー攻撃への抗体獲得法』『いちばんやさしい機械学習プロジェクトの教本』がある。
セッション概要:https://www.hrd-inc.co.jp/hrd-next/2024/#modal-session3-day1
本セッションでは、リーダーシップに関する世界規模調査「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト(GLF)」※から得られた洞察を元に議論を進めます。
GLFは、1999年から隔年で継続実施しており、10回目となる最新の調査では、不安定なリーダーシップ・パイプラインにより、組織の脆弱性が露呈する結果が浮かび上がっています。
本セッションでは、特にCEO・経営幹部の回答から得られた“6つの所見”を起点に、国内における人的資本経営の実践、特にサクセッションプランニングにフォーカスを当てて、議論を進めていきます。
<調査で得られた6つの所見>
初級・中級管理職の質が低いとCEOの自信そのものが揺らぐ
上級管理職を軽視すると、パイプラインの安定性が損なわれる
経営幹部が「柔軟な働き方」への理解の欠如で信頼を失う
非効果的な経営を進める経営陣に高い代償を払うCEO
人材供給体制が整っている組織で起こる新CEOの予期せぬメリット
人材データの収集で組織のリーダーの認識、行動の不整合に気づくCEO
※「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト(GLF)」は、世界中の組織に対して優れたリーダーの採用、選抜、育成を支援しているDDI社が、1999年から隔年で実施している世界規模のリーダー調査です。日本ではマネジメントサービスセンター社が主体となって実施しています。今回は、同社の代表取締役社長である、遠山 雅弘様をお招きして、セッションを展開いたします。
CEO成功を妨げる最大のリスクとは?グローバルレポートから読み解くリーダーシップ
水谷:ここからはsession3ということで、「人的資本経営とサクセッションプランニング」をテーマに話をしていきたいと思います。お招きしておりますのは、株式会社マネジメントサービスセンターの代表取締役社長、遠山 雅弘さんです。
遠山:遠山でございますよろしくお願いいたします。
水谷:そして、お相手を務めるのが当社の代表の韮原です。
韮原:よろしくお願いします。
水谷:このセッションは「グローバル・リーダーシップ・フォーキャスト(以下、GLF)2023」をベースにお届けします。このレポートについては、後ほど遠山さんからご案内いただきますが、その調査内容の中からこれからの組織の人材戦略や現場がどう変わっていくのか、皆さんからの質問も受け付けながら盛り上げていく時間になっています。
マネジメントサービスセンター様は、私どもHRDのパートナーとして長きにわたってご一緒いただいておりますが、コンサルティング、人材アセスメント、リーダーシップ開発、そしてデジタルをベースに事業をされています。歴史も長くていらっしゃり、日本産業界の発展に貢献されている企業さまであると、私たちは認識しております。
今回このスライドの中で特徴として言及していきたいのが、「DDI社との協業で約90カ国の多国籍プロジェクトとシームレスに」とあるように、マネジメントサポートは世界最大手のリーダーシップ・コンサルティング企業であるDDI社とパートナーシップを組んでいる点です。そのDDI社との共同調査の内容をお届けするのが、今回の骨子になります。
まず冒頭で、このGLF2023について、遠山さんよりご説明いただこうと思います。1999年にGLF調査が始まった背景をお伺いできますか?
遠山:DDI社が本調査を始めた目的は、そのときどきのリーダーシップ開発のトレンドを明らかにしていくということと、ベストプラクティスがどこにあるかを明らかにしていく、そして調査結果を自分たちのサービス開発に繋げていくことです。
そして、自分たちのマーケットをなるべくグローバルで幅広く捉えて、それをマーケットに発信していくというねらいで始まりました。
水谷:2年前のHRD NeXTにも遠山さんに登壇いただき、前回の調査結果をお届けしました。今回そこからの変化も取り扱っていきたいと思っています。それでは、今回のリーダーシップレポートの骨格となる部分を、遠山さんから少しお話いただきたいと思っています。
遠山:まず、今日のセッションの進め方ということで、最初にGLF2023についてお伝えし、続いて具体的な中身の説明とディスカッションをさせていただきます。年によって若干の変更条件はありますが、最新版のGLF2023では13,695人のリーダーを対象としております。
先ほど申し上げたベストプラクティスやトレンドを明らかにするのを目的とし、1999年から10回ほど続けています。だいたい2、3年おきに1回のペースで実施しています。
今日お話するのは、その中でCEOに関するレポートがメインになります。平均して16,000人ほどの従業員がいる会社のCEO529人と、人事担当者1,827人からの回答を分析しています。こうした調査の結果において、CEOが成功するかどうかについては、人材戦略と非常に結びついているということが明らかになってきています。
スライドに、「CEO成功を妨げる最大のリスクは、従業員からの孤立」と書いていますが、組織の実態をきちんとCEOが掴んでいるか、実態を掴んだ上でどうリーダーを育てていくかという点が非常に重要になります。
CEOリーダーシップレポートでは、主に6つのテーマが浮かび上がってきています。初級・中級管理職の人が非常に重要であるとか、パイプラインをどうしっかりと安定させていくか。それから今、リモートワークも含めた柔軟な働き方を進めているかであったり、経営陣として1人1人のその役員は経営陣として機能しているのか、新たなCEOを選ぶときにこういうやり方すると意外なメリットが出てくるといったこと。そして、客観的な人材に関するデータがあるかないかによって業績にどんな差が出るかについて、明らかになりました。
水谷:前回のHRDNeXTでお話いただいてから今回の最新版で何か見えてきたことがあればと思いますが、いかがでしょうか?
遠山:ではまず、最新のデータをご紹介して、それと過去のデータを比較させていただきます。毎回、CEOにとって今最大の懸念事項は何かと聞いています。今回は、人材に関するテーマが上位3つを占めています。
優秀な人材を獲得し、これを定着させること。次の世代のリーダーをどうやって育成するか。それから、エンゲージメントを高め従業員をしっかりリテンションしていくといったところです。
DDI社が調査するので、どうしても人材に興味を持っている人が答えているのでは、という見方もありますが、2018年、2021年の結果と比べて明確な違いが出ています。たしかに上位は次世代リーダーの育成が占めていますが、それ以外は年度によってさまざまなテーマが出ています。最新版では、人材をどう育てていくか、あるいは優秀な人材をどう揃えておくかといったところが今非常に大きなテーマになっていることが見てとれるかと思います。
私たちは、GLF以外のデータも参照していますが、例えばカンファレンスボードという組織が行っている調査を見ても、CEOの今の関心事は「人材の獲得と定着」の度合いがとても高いんですね。「人材獲得合戦」という言い方をよくしますけれども、そこへの意識がすごく高くなっています。
また、GLFの調査に戻ると、優秀な人材の獲得と定着に対する割合は、1回下がっているんですね。18年で60%だったものが21年に下がって、23年にまた上がってきたと。このテーマが再燃していることが伺えます。
逆に次世代リーダーの育成の数値は高かったものが少し下がっていますが、これを「ニーズが下がった」と捉えて本当に大丈夫か?という点に気をつけなければと思います。もう十分ノウハウやリソースが揃ってきて、課題としての優先度が下げられている企業と、まだそこまで達しておらず、苦慮している企業との間でギャップができてしまっているのではないか、ということです。これは、私たちがお客様とお話ししている実感値からの仮説です。
水谷:ありがとうございます。GLF2023の調査結果を見ると、次世代リーダーの育成が普遍的なテーマであるように思いますが、CEOによって「次世代リーダー」の意味合いが異なることがあります。同じように上位の懸念事項ではあるけれど、捉え方が変わってきているようなことはありますか?
遠山:さまざまな会社でいろんな試行錯誤をされているので、その試行錯誤した中で新しいやり方を幅広く探しているところがあります。ですから、私たちにご相談していただき、やり方を提供することもありますけども、最近特に感じるのは、お客様も情報をたくさん揃えています。自社に合ったやり方を実施していこうという姿勢と、自社の文化やビジネスを意識して進めていこうとするのが、最近は多いと思いますね。
韮原:デジタルトランスフォーメーションと言っても、優秀な人材の獲得と定着、それから、リーダーの育成が必要であることが核になると感じます。デジタルトランスフォーメーションをやるにも、実行・推進できる人がいないといけませんから。
景気後退が起きている、成長の鈍化するプロダクトのイノベーションを推進したい。だけど誰がやるの、どこからどんな人を確保すればいいの、外からはどうやってアトラクトしてくるのといったところ、私もこの会社で最近一番力を入れているのは採用なので、よく分かるなと思います。
水谷:先ほどの調査結果の比較に戻ると、2018年の意識調査の4位が「サイバーセキュリティ」になっていましたね。韮原さんがその当時、サイバーセキュリティに関するカンファレンスに出かけていますが、そのときのテーマも「結局は人だ」という話だったかと。
韮原:「RSAカンファレンス」という、サイバーセキュリティ分野の世界最大のカンファレンスに行ったときの話ですね。テクノロジーの話が一通りされていましたが、その翌年ころにはメインテーマが「ヒューマンエレメント(人的要素)」になりました。
それは、サイバーセキュリティを担っている人たちは事業を推進するよりは、ブレーキかける側になるので、社内で邪魔者扱いされずにどうやってやる気を出そうかといった話であったり、サイトが落ちたときだけ急に駆り出されるといった状況の中で、何が彼らのやりがいになるかといった、そういう人間的な部分が大事だという話がありました。
サイバーセキュリティでも気候変動でも、ほかのどんな取り組みでもそうですけど、結局はヒューマンエレメントがカギになるということを再認識しました。
遠山:session2で話されたAIの件もそうですよね。意思決定をするのは人間なので、生成AIの回答に間違いがあるからといって、使わない選択肢はないということです。
韮原:その通りだと思います。
人材の供給体制を整える際のキーポイントは部長職
水谷:では次のトピックに入りましょう。先ほど挙げられた6つのテーマの中で、とくに注目されているテーマはどれでしょうか?
遠山:今回はとくに、人材の供給体制をどう整えるかという点でビジネスに直接的に影響がある事柄を4つピックアップしたので、ご説明します。
まずパイプラインの安定性ですね。人材を供給するときに、どこがキーになるかを明確にしようと取り組んだところ、今回の調査で明らかになったことは、部長職(資料上、「上級管理職」と表現)が重要であるということでした。
先ほど、CEOの最大の関心事が、優秀な人材の獲得と定着や次世代リーダーの育成だと話しましたが、その鍵を握っているのがどうも部長クラスだということが明らかになってきたのです。
部長クラスに優秀な人材が揃っている組織は、重要なポストが空いたときもその65パーセントを埋められるという結果が出ました。並みのスキルを持った部長では、空いたポストの46パーセントを埋められ、優秀ではない部長が多い組織だと28パーセントのポストしか埋められない、という結果でした。このように差が明確になるということなのですね。
Great Place To Work®(働きがいのある会社調査)でも、優秀な部長がいるところは、3倍ほど多いそうです。パイプラインを作るにあたって、職務上位のクラスの質が鍵になるということが、1つのポイントだと思います。
もう1つのテーマは、経営の役員としてのスキルはもちろん1人1人が持っているとした上で、それがチームとしてうまく機能しているかを調査しています。資料上「エグゼクティブ」と表現したのは、例えばCFOやCOOのように役職名にチーフが付く役職です。そうしたエグゼクティブ層を、CEOや上級管理職(部長職)の層から見たときにどうか、ということを調査しました。
それから、資料上の「経営幹部」というのは、本部長や事業部長といった、いわゆる役員のすぐ下にいる人たちのことを指しています。そうした経営幹部から見たときに、エグゼクティブチームが効果的と感じているかどうかを調査しました。
すると、CEOでも68パーセントが効果的ではないと感じている、と。ですがそれ以上に、その下の人たちはエグゼクティブチームが非効果的だと感じてしまっているというデータが出ています。
さらに2020年と比べて大きな差が出てしまったのは、パンデミックでは一致団結していたけれど、今は会社の方向性が分かりづらくなっているせいかもしれないと、私たちもDDIも見立てています。
水谷:ありがとうございます。ここまでで韮原さん、いかがですか?
韮原:自社のエグゼクティブチームは効果的でないと見られていると思うと、ドキッとしますね。冒頭に、CEOの一番のリスクは従業員からの孤立というスライドもありました。ただ、調査結果を見ていて、こうした変化があるのは、世界を取り巻く状況の不確実性が増している中、お互い慣れ親しんで信頼のおけるチームではあるものの、対処のスピードを求められる中では不安だという心理が働くのかもしれませんね。
新しい人材を迎えたけれど、馴染むのによいチームを作るのに効果的ではないということなのか。エグゼクティブ自身というより、世の中の変化に要因があるような気はします。
遠山:これはグローバルの調査結果なので、グローバルで動く役員クラスも、新しい組織に入ったときにすぐに馴染めずにお互い協働して物事を進めていけているか、下から見たときに違和感や懸念を持つということは、想像できますよね。
韮原:そうですね。
水谷:私は、この結果を見たときに思い浮かんだことがあります。実は、ある組織コンサルタントの方とこのテーマで議論しているのです。私たちが日ごろ対面している人事のトップの方や経営企画室長といった方々たちは、この問題に気付いていると。
先ほどの調査結果でいうと、上級管理職ぐらいの方々はエグゼクティブが機能していないことに問題意識を持っているが、そのことを取締役会にどう問題提起して進められるのがよいかと彼と議論したことがありました。
そこはCEOに対して、人事部長の方なり、経営企画部長の方なりに問題提起できるようなストーリーやデータなどを私たち外部の者がお渡しすべきではないかと思っています。なかなか言いだせないところがありますので。
遠山:その一歩が大事ですよね。
次世代の育成と定着に苦戦する日本企業、ただし困難を乗り越える際に強みを発揮
遠山:続いて、実際に人材の獲得と定着、それから次世代の育成が重要だということでしたが、実際にできているのかどうかをリーダーに聞いてみました。グローバルと日本を比較した情報を見ていきます。
うまく定着させていますかと聞くと、グローバルでは29パーセント、日本は8パーセントと差が出たのと、将来を担う次世代の人材を特定でき、うまく育成できているかという質問については、グローバルだと36パーセントで、日本ではわずか10パーセントという結果でした。
ここに大きな差が出てきてしまっていることを、私たちは非常に危惧しています。グローバルで見たときに、人材獲得合戦で勝てない状況になってしまうことが心配されるためです。
グローバル共通の傾向としても、リーダーの供給体制はあまりよくなってはいません。日本も1回ゼロまで落ちて、それから少し上がって来てはいますが、全体的なトレンドとして見ても、10年スパンで見ても下がっている状況です。それからリーダーの信頼と革新という観点で考えたときに、これもパンデミックの影響と考えられますが、グローバルで上がった数値が現在は下がっています。
ただ、日本はこの不透明で難しい状況をうまく乗り越えている見方もあります。もしかすると、日本の企業はコミュニケーションが得意なのかもしれないですね。いわゆる心理的安全性の確保を一生懸命やっているリーダーが多いのではないか、といったことが見て取れるかと思います。
また、HR総研が行った調査でも見られることとして、人的資本経営を進める際のネックを聞いたときに、ここでも次世代の育成が1位になりました。それから2番目は、情報把握とデータ化ですね。やはり人材に関するあらゆることを可視化するのが重要であり、私たちのお客さまも求めている部分なのだということですね。
経営幹部を社内から昇進させるか、社外から取るかについて人事担当者に聞いたところ、社外から採用された経営幹部は半分ほどがよい結果にならなかったと。社内から昇進した経営幹部も3分の1くらいは失敗していますが、社内から昇進させた方がうまくいきやすいというデータが出ています。これもグローバルの調査結果です。
また、社内で昇進させるといったときに、通常ですと例えばCEOにする前にCFOを経験させるといったルートを踏むので、本人もリーダーになることを自覚していきますが、自分がリーダー職に就くとは思っていなかったという人がなった場合に、ダイバーシティが進むという結果が出ています。
例えば、女性の比率や平均年齢とか、あるいは国籍や文化などさまざまな背景であったり。このようにダイバーシティが進むということは、適した多様性のある候補者を揃えているということでもありますが、幅広い候補者を適切にアセスメントし、その人材の人柄や適性がこれからのビジネスの中でどう生きるかといったことをちゃんと見ていると、予想外であっても、効果的で戦略的なCEOのサクセッションが実現出来るということがここでは示されています。
さて、最後のテーマは、人材データを活用するメリットについてです。人材データがあるとCEOと従業員の認識のギャップを軽減し、例えば経営幹部を次期CEOにするにあたってデータがあると、正しい意思決定がしやすいということです。
例えば、必要なスキルに関してアセスメントを行うことや、人材に関するデータなど客観的なデータを取っていくこと。もちろん1人1人をちゃんと見つめるということもありますけども、組織全体をしっかりCEOも把握できるということですね。
例えば、バーンアウトしている率であったり、離職率の多さであったり、多様な社員をインクルージョンできているかといったことを、客観的に測ることが重要です。CEOの認識はどうしても現場と離れてしまうので。CEOの孤立が起きないようにするためにも、しっかりとデータを取っておくことが望ましいです。
「自社の経営幹部の質が高いと評価した従業員の割合」については、人材データを取っている企業でも2桁の差が出ていますが、それ以外の項目では人材データを取っていると非常に少ないギャップで済んでいます。
水谷:遠山さんにポイントで解説いただけると解釈が進んで、興味深い情報がたくさんあるなと感じます。最近、エンゲージメントサーベイを実施した企業で、経営者が落ち込んでいるという話を聞きました。事実を直視すると、経営者も考えるところがあるのだと思います。GLF2023の調査について、韮原さんはどのあたりが印象に残っていますか?
韮原:社内から昇進した経営幹部の方が成功確率は高いのですが、変革期を乗り越えるのに社外から来た人材がダイナミックにやることも必要かもしれません。このグローバル全体の流れにおいて、日本でプロ経営者と評される人は限られますよね。
基本的には社内の昇進で社長になっていくということが日本企業のよさでもあり、もしかして、変革期を乗り切るのにプロ経営者市場もあった方がいいのかどうか。今後はそうした市場が伸びるかもしれない、といったことは長年言われていますよね。
遠山:ですから、外部の方が入ってきたときこそ、人材データが重要になってきます。自分が知らないことをデータが教えてくれることがありますので。さっきおっしゃっていた、経営者がヘコむことって大事ですよね。経営者は現状を受け止めないといけない。ちゃんと一度ヘコんで、そこから次に何をするかを考えていかなければいけません。
水谷:その会社では、従業員エンゲージメントを高めるために部門長レベルにアクションプランを作って現場に落とせといった指示を出そうと話していたので、せっかくの下からの意見が消えてしまうので逆のアプローチにしましょうと話をしました。それもデータがあるから、できる話だなと思いますね。
ご質問も来ているので、読み上げますね。
「VUCA(ブーカ)の時代、環境や社会的価値もどんどん変わる世の中で、優秀な人材やリーダー候補、ハイタレントが働くことに何を求めているのか。時代背景を含めて、第一線でいらっしゃる皆さまが感じられている変化についてお聞かせいただけますか」
遠山:ありがとうございます。グローバルと日本で違うかもしれないと思っていることが、1つあります。先ほど提示したカンファレンスボードのデータを見ていると、日本だと今、CEOがやらなきゃいけないと思っているのは、ミッション・ビジョン・バリューや、パーパスの設定が多いんですね。
CEO自身はこれまで意識してこなかったけれど、人事のデータを見たり、経営メンバーの話を聞いたりしていると、今の若い人たちがそこを意識しているらしい、と気付くそうです。
日本企業は今まで、生産性など数字を上げるために何十年も一生懸命がんばってきましたが、それだけでは本当に幸せになれないのではないか、といったことを肌で感じてきている若者たちが増え、「この組織で何を成し遂げられるのか」という方向性を明確にしていかなければいけなくなったという傾向が、日本企業の調査結果に見て取れる気がします。
韮原:近年では、芸能人が有名になって、何かあったら袋だたきに遭いますし、大企業の経営者の方もいわゆる”有名税”が大きくなってきたりもしていますよね。Adoさんに代表されるように、顔を出さずに勝負していくアーティストが出てきたことを見ても、自分ではなく作品を見てほしいというか、若者の意見の象徴なのではないかとコメントしている方もいます。企業でも、そのように世代的な希望をいかに叶えられるかが求められているのだと思います。
一時の大企業のように上に従うのが当たり前で、「全員一律でルールに従ってやってくださいね」といった世界から、「私はこの会社で何を達成できるだろう」といったことをベースに業務に従事する世界に変わっていかなければいけない。
先ほどのセッションで東海東京証券さんも「人事のパーソナライズ」というお話をされていましたが、働く動機は人によって異なります。採用面接のときに個人の希望や適性を見ることはもちろん、働きはじめた後も例えばOJTのやり方を個人に合わせて変えていくことは当たり前に大事になってくると思います。
遠山:キャリアの考え方はもちろん、1人1人の生活のスタイルも違うので、柔軟性のある職場を作っていくこともそうですし、生産性をどう上げるかということも若い人たちにとっては重要だと思っています。
上の人を見て、「すごく疲弊していない?」とがっかりしてしまう職場ではいけないという意味ですね。この会社で働いていくと目標を成し遂げられる、けれども自分のライフスタイルを侵されるわけでもなく、魅力的に働き続けられるといった両立も重要です。そのために生産性も決しておろそかにしてはいけないということです。
韮原:誰しも無駄なことはやりたくないですよね。
遠山:例えば、誰かを納得させるための書類づくりとかですよね。
韮原:今までは、会社の成長が前提にあって、給料をもらってよい生活ができることが保証されていた時代は、ある意味でその代償として効率の悪い仕事も会社がやれというなら受け入れていたのだと思いますが、今はそんな時代でないと誰もが気づきはじめていますよね。
水谷:みんな気づいていると思います。
韮原:とくに若い世代ほど。
水谷:そういうことに気づいて本気でやろうと思っている企業と、そうではない企業の差も開いてきている印象はすごくありますね。
遠山:意識してやっている大手企業も、近年は多くあります。
人材のプロフィールや組織の状況を可視化し、客観的に把握する重要性
水谷:そうした文脈の中で、現場レベルのベストプラクティスがあれば遠山さんにお伺いしていきたいと思います。
遠山:ベストプラクティスという言い方でよいか…私たちがお手伝いさせていただいている事例で、人材の「プール」を作り、そのプールの中で育成していく人材を選んで、集中的に投資をしていくというやり方があります。
ある企業は、グループ会社で何万人という規模になりますが、本社ですべての人材を把握していて、代わりにプールを2つ作って運営しています。上の方のクラスに関しては、最初にさまざまなアセスメントを行い、一人ひとりのどこにどんな課題があるかですとか、これからの組織がやっていかなければいけないことなどについて、社員にインプットするための集合研修やコーチングなどを運用しています。いろんなアサインメントもして実際の課題も与えていきながら、今の役職は気にせず育成対象を選んでいます。
下層のクラスも作っていますが、こちらは投資を積極的に行うというよりは、どんな人材がいるかを現場から出してもらう形でプールを作っています。そして下のクラスと上のクラスで交流させて、お互いを刺激することもやられています。
それからもう1つの事例を紹介します。この企業には、事業の異なるグループ会社がたくさんあり、それぞれの事業に必要なリーダーを選んでいかなければいけないので、プールを事業別に運営しています。一方で本社を任せられる人材も並行して作っていかなければいけません。
そこで、やり方として有効なのは、例えばグループ会社のプールにいる人材を本社に送り込むんですね。本社の経理や企画などの部門に行かせ、そこから自分の会社(グループ会社)を客観的に見させて景色を変えることをしたり、あるいは他のグループ会社の状況を理解させたりしています。反対に本社の候補者の方は、グループ会社の経営に近い位置に行かせ、そこでいろんなことを学ばせています。
グループ会社のプールに入っていた人材を本社のプールに入れるといったこともたまにありながら、このように双方のプールを有機的に連動させています。
それから、重要な点をご紹介させていただきます。私たちがお手伝いさせていただくときには、お客さまのビジネスの状況理解に努めます。企業によって求められるリーダーが異なるからですね。「今、あるいはこれからどういうビジネスが求められますか。であれば、どういうリーダーが必要ですか」という戦略を立てるために、ビジネス状況を聞かせていただくところからスタートしています。
とくに上級管理職のクラスになってくると、今後の戦略によって人材に求めるスキルも変わります。例えば、積極的にM&Aを行っていくという企業であれば、その戦略に則った人材が必要です。ですから、ビジネス上の優先事項を把握した上で、今後に乗り越えていくべきテーマを洗い出し、それを推進するためにどんなプロフィールを持ったリーダーが必要かといったところに落とし込んでいます。
私たちは「ビジネス・ドライバー」と呼んでいますが、このフレームワークをもとに企業のサクセッションを人材面から支援していきます。
このフレームワークはとくに、ビジネスの状況が変わり、変革が求められるときに有効です。外部からも人材をとりますが、中の人材も使っていこうというときに、どういう人材が社内にいるのか、把握しなければいけません。
例えば、これからグローバル市場の開拓を進めていかなければいけないといったときに、どういうプロフィールの人材が必要かということを考えるにあたって、ビジネス・ドライバーをもとにご支援をしています。4つのカテゴリから「サクセス・プロフィール」を作成し、それにそってさまざまなツールがありますので、そうしたものも活用いただきます。
例えば、エグゼクティブの1日を体験いただく演習プログラムがあります。実際に行動してもらう中でその方の行動を観察し記録を取って、基準と合わせて判定するというものです。パーソナリティ診断は、質問に答えてもらうとその方の特性が出てくるプログラムですが、悪い癖やプレッシャー下での行動傾向なども出てきます。
アセスメントでは、コンピテンシーとパーソナリティ診断を組み合わせ、そのポジションに対するレコメンデーション度合を提示しています。企業が直面している課題に対して、この人はリーダーとしてこれぐらい準備できてますよということを示します。例えば、「グローバルの新規市場への参入という企業の課題に対して、非常に優秀な成果を出します。このポジションで非常に活躍します」といった評価を出すわけですね。
こうしたアセスメントを行うことで、ご本人も勇気づけられますし、ストレスがかかってもうまく乗り越えていくような効果も期待できます。
水谷:いろんな情報を組み合わせながら、組織や人材のデータも多角的に取れるようになってきたことが1つの特徴かなと思いました。こうしたデータをお出しすると、お客さまはどんな反応をされますか?
遠山:これは定量的な情報なので、その定量情報に関して文章でも調査結果を補足させていただきます。どんなプロフィールを持っている人材なのか、といったところもお話させていただいて、どうアサインメントし育成していけばよいか、どんなインプットをする必要があるかなどを具体化して考えていくのですが、思っていた通りだというパターンと、意外な結果が得られたというパターンとありますね。
とくにパーソナリティについて、「あの人は意外と社交性があったんだな」といったことが見て取れたりして、こちらから「ご本人はこういうふうにお話されていますよ」とご報告すると深く納得される場合もあります。とある経理の方がシミュレーションを受けてみたら、新規事業開発が得意そうだということが分かり、「ぜひやらせてみよう」とアサインメントされ、その後活躍していったケースがありました。そうした事例を見ますと、私たちも嬉しいですよね。
水谷:予想外のCEOの着任によってもたらされるメリットの話もありましたが、データがあるから予想が立てられ、そこから意外性が生まれるようなことも意図して作れるといいですね。
韮原:そうした大胆な意思決定のサポートを相談できるのはよいことですよね。闇雲ではないということですから。
遠山:先ほどの人材プールの考え方も、このポジションには1人と決めてかかったり、自分の組織にいる部下だけを見がちであったりすると、人材プールの中にも外にも埋もれた人材が結構いるかもしれません。
ですから、可能性を広げるために、全体として複数のポジションがある中で、どれくらい幅を持った人材をプールしておきましょうかと考えていくと、意外な人材を発掘できて、その人たちに活躍してもらえると思いますね。
水谷:調査結果では、上級管理職の充実が重要だということにも繋がってくるストーリーでした。それでは、最後にお2人からメッセージがあればお願いします。
遠山:やはり新しい職に就くときには、ご本人にはチャレンジ精神もありつつ、不安も多いと思うんですね。そのときに現状を見定められるようなサポートをしていただくのがよいと思いますし、そこでのポイントは、どういう人にリーダーになってもらうかだけではなく、リーダーになった後もきちんとサポートしましょうということです。
リーダーになることがゴールではありません。その後もきちんと会社が人材をフォローしていくことが必要です。
韮原:そうですね。あとは1人1人を見て育てることは、幹部だけでなく全社員に浸透していくことが重要だと感じます。全社員を個別に見てあげるという言い方ではなく、その人のその人生にとって会社は何であるのか、会社の中でオファーできるキャリアはどういうものだといったことを、1万人社員がいるのであれば1万通り考えていくということをやっていかなければいけないのではないかと思います。
遠山:その確認を行う役割として、現場のラインの長がメンバー一人ひとりのそうした部分をきちんと見てあげているかどうか、部長クラスが見極めて促すことが必要だと思います。
韮原:それを生かせる新しい制度も必要になりますね。
水谷:やるべきことはたくさんありますが、データを見ながら経営者の方々と制度を作っていくのが我々の1つの役目だと思いますので、今日のお話に関することは我々も深めていく必要があると感じます。
最後にお知らせとして、このsession3の議論の土台になりましたGLF2023をこちらのリンクからダウンロードいただけますので、よろしければご覧ください。ご清聴ありがとうございました。
セッション動画全編はこちら
動画申し込みURL:https://survey.hrdgroup.jp/zs/iWClqi
2024年01月25日