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【グローバル人事の現在(いま)と未来】~海外人事調査に基づき、新たな潮流を読む~

グローバル人事の現在(いま)と未来
~海外人事調査に基づき、新たな潮流を読む~

beyond global グループ 
President & CEO
森田 英一 氏

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登壇者のご紹介

森田 英一 氏
beyond global グループ President & CEO

大阪大学大学院卒業後、外資系経営コンサルティング会社アクセンチュアにて人・組織のコンサルティングに従事。 2000年にシェイク社を創業、代表取締役社長に就任。社員の主体性を引き出す研修や、部下のリーダーシップを引き出す管理職研修や組織開発のファシリテーションに定評がある。現在は、beyond globalグループにてグローバル人材育成事業、日本企業のグローバル化支援、ナショナルスタッフの人材開発、東南アジアの社会起業家とソーシャルイノベーション事業等、各種プロジェクトを行っている。全国6万人の人事キーパーソンが選ぶ「HRアワード2013」(主催:日本の人事部 後援:厚生労働省)の教育・研修部門で最優秀賞受賞。主な著作に「どうせ変わらないと多くの社員が諦めている会社を変える組織開発」(PHPビジネス新書)「一流になれるリーダー術」(明日香出版)「自律力を磨け」(マガジンハウス)「3年目社員が辞める会社 辞めない会社」(東洋経済新報社)等。NNAで「新時代を創る日本型グローバルリーダーシップ」連載中。

ReThink Day4 イベントレポート

HRDグループが毎年開催しております「Assessment Forum Tokyo」、今回はオンラインに形を変え、コロナ禍に向き合う新しい未来のための価値あるコンテンツを提供する場として開催されました。 経営戦略やDX、グローバル人事など、より広い視点から組織・人材マネジメントについて問い直し、再出発するための一連のデジタルイベントとして多く方のご参加を賜りました。 

ReThink第4回目は、「グローバル人事の現在と未来、海外人事調査に基づいた新たな潮流を読む」というテーマで、beyond globalグループの代表である森田英一様をシンガポールよりゲストでお招きしております。
ナビゲーターは、HRDグループ・プロファイルズ株式会社の水谷壽芳が務めます。

オンライン化することで選択肢の幅が広がった

水谷:この度は、Day4にご参加いただきましてありがとうございます。

私は、HRDグループ・プロファイルズ株式会社の水谷と申します。本日は、海外人事調査に基づいた新たな潮流を読むということで、専門家の森田様をお招きして対談形式で進めて参ります。

今回はグローバル人事がテーマです。パンデミックの影響で、様々な変化が地球規模で起きています。この変化に関して、海外人事のみなさまがどう捉えていらっしゃるのかについてプロファイルズ社で事前調査を行っております。この調査に基づいて論点がいくつか浮かび上がっています。森田様にその捉えどころについてのご見解をいただき、そして今後の潮流を読んでいただくというのがこの度の企画の流れになっています。

森田さんは、我々のビジネスパートナーとして取り組みをご一緒させていただいておりますが、現在はシンガポールに拠点を置かれており、日系企業を中心としたグローバル化やグローバル人材の育成、人事制度の変革などを進めていらっしゃいます。シンガポールから見てどのようなことが起きているのかをお話いただきたいと思います。

森田:beyond globalの森田と申します。最初に自己紹介をさせていただきます。私は生まれも育ちも大阪で、大学院卒業後、人事コンサルティングの世界に入りました。20年前に、自律型人材育成にフォーカスを当てたシェイクという会社を立ち上げて10期まで社長を務めましたが、その後、2代目の社長にバトンタッチしました。私は現在、beyond globalという企業グループを作り、シンガポール、日本、タイの3拠点で日本企業のグローバル化支援を行っています。その他東南アジア全域やヨーロッパ、アメリカなどのエリアのサポートをしておりますが、中でも日本と東南アジアがプロジェクトとしては多いですね。

我々は、人材育成という側面と人事制度、評価、賃金などの仕組みの部分の両方をサポートしており、幅広い人事評価制度や駐在員の育成はもちろん、ナショナルスタッフの育成、サクセッションプランというローカル化を進めていく後継者の育成も行っています。

コロナ感染が広がる現在、海外の現地法人で多いと感じているのは、人事制度の変革です。ローカル化を進めていく流れですが、これには駐在員がなかなか現地に着任できなかったり、ビザの発行が難しくなってきた状況があります。例えばシンガポールでは、ビザの発行基準の給与水準がどんどん上がっています。過去に無いほどの上昇率で、今は駐在員がビザの更新ができずに止むを得ず日本に戻ったり、新しい駐在員を呼べなくなっています。これは、シンガポール人の給与がカットされ所得が少なくなっているので、シンガポール人の雇用を守りたいという政府の意向もあります。入国困難な中で、ローカルでも回せる人事制度、きちんと仕組み化されたものや成果が見えるものをどう構築していくのか、今までは海外現地法人も含めて仕組みはあったとしても、運用でつまずいているというケースも多かったので、その運用や制度の見直しが非常に増えています。

また、コロナ以前は、リージョンの研修なども東南アジア各国からシンガポールに集めて行うことが多くありましたが、最近ではこれをオンライン化しています。

さらには、これまでは日本の拠点から海外に派遣して日本人向けに海外派遣研修も行ってきました。例えば、ヨーロッパに派遣するビジネスや、経営者候補の方々を新興国に送り育成するようなことです。コロナになってからは、これをオンライン化し先月も大規模で行いました。オンラインで行う利点は、国境を超えて何度でも集まれる、そして費用も安いということです。このようなオンラインでのグローバル研修は、かなり引き合いが増えております。派遣は費用がかかるので、なかなか大人数を行かせることができませんでしたが、オンラインにすることで選択肢の幅が広がり、多くの方がオンラインでグローバルな環境にどっぷりと浸かることができるということが、最近感じている変化です。

水谷:ありがとうございます。まさに新しい時代に先駆けて、森田さんは様々な取り組みを行っているという印象を持っております。本日もシンガポールと繋いでいますが、まさにオンライン化が進む中で森田さんをお招きできて、うれしくと思っております。昨年は我々がシンガポールに伺ってセミナーを行いましたが、今回はオンラインで挑戦していこうと思っています。

本日の進め方ですが、事前に我々で海外人事のこれからについて調査を行っています。その調査に基づいていくつか論点が出てきましたので、森田さんが直近で感じていることを惜しみなく皆さんに提供していただきたいと思っております。

海外事業、および人事マネジメントの実態

水谷:それでは、海外人事調査サマリーを共有し、議論を深めていきたいと思います。

変化している状況の中で、海外事業や人事マネジメントの実態がどうなっているのか、そしてどのような課題があるのかを調査する目的で、私たちが扱っているProfileXTというアセスメントツールをすでに導入している企業、あるいは検討している企業の海外事業に関わるマネージャーの方々にご意見を伺っております。N数は多くありませんが、日々海外マネジメントに向き合っていて、且つPXTのアセスメントを使っている方々から示唆を得ることが出来ました。従業員規模としては1000名~5000名の規模の企業のご意見が中心となります。業界としては、比較的海外への進出が進んでいる自動車製造業界、総合商社の方々を中心にお答えいただいております。

資料 調査結果の概要①

アンケートにお答えいただいた方の75%が、今後3年から5年で海外ビジネスを伸ばしていくことを前提にしているという結果が出ています。海外に拠点を置く場合、日本から派遣する駐在員にも求める期待や役割に変化がある、と答えた企業が半数ありました。そこから、海外事業を誰に担わせたいかという質問に対しては、先ほどの森田さんからもありましたように、現地のナショナルスタッフを活躍させたいという回答が4割強ありました。そしてここが一番のポイントですが、変化があったこの半年でどのような事柄に問題意識が高まっているかということで、1つめは国をまたぐリモートワークをどのように進めたらよいのか2つめは日本から送り出す駐在員の在り方をどう考えるか、そして3つめはナショナルスタッフの維持や育成をどのように考えるか、となっています。本日は、この3つについて専門家である森田さんの視点から考え、今後のアクションに繋げていきたいと思います。

資料 調査結果の概要②

では森田さん、1つめの「国をまたぐリモートワークマネジメントの効果性を高める」ということについて、どのようにお考えでしょうか。

森田:国境を超えたリモートマネジメントというのは、非常に難しいですよね。これまでは、駐在員が現地に行き現場にどっぷりと入り、現地の言葉も少し勉強して、時には一緒に飲みに行ったりして信頼関係を築いていきマネジメントをするということが主流でした。しかし、このコロナ禍で駐在員がなかなか現地に行けなかったり、現地の医療体制が脆弱のため日本に戻るような指令があったり、リモートでマネジメントをせざるを得ないという企業が増えています。

このリモートマネジメントが非常に曲者で、「今までのようにオフィスに出社してリアルに会うマネジメントとは違うものである」と認識をしなければ上手くいかないと考えています。リモートマネジメントをオフィスで働くものと同じように捉えると誤ります。オフィスに出社すると、なんとなく「仕事をしなくては」とマインドセットされますし、周りから見られているというプレッシャーもあります。

これが自宅での仕事となりますと、場合によっては「できるだけサボろう」という気持ちになってしまうことがあります。また、周りで何を考えているのかが分からないので、マネジメントの在り方が全く変わってくると思います。

今までの日本企業ではプレイングマネージャーが多かったのですが、リモートワークになるとプレイングしている場合ではありません。マネジメントにかなりフォーカスをして、積極的に部下やチームにアプローチをすることなく放置すると、組織がだんだんバラバラになっていきます。国をまたぐとなると、言葉や慣習が違うのでなおさらです。

例えば、この4月から駐在員が赴任する予定が変わり、リモートでマネジメントをすることになったケースでは、ローカルのミーティングに呼ばれないという状況をお聞きしたりします。ローカルの人は、ローカルの言語を使って自分たちでやりたいと考えているので、そこに駐在員を呼びたくないと思っています。慣れない英語を使わなければならないですし、よく分からないことを言われるとなれば、わざわざ会議に呼ぶことはなくなり、駐在員も何が起きているのかが分からないままに時間だけが過ぎていくということが多くあります。言葉やミーティングだけでマネジメントをすることはなかなか難しく、いかに業務を見える化するかが重要になってきます。

例えば弊社でもそうですが、リモートワークになったときに、タスク管理ツールやプロジェクト管理ツールを導入し、スケジュール管理もして、朝と夕方のオンライン朝礼、勤務開始と終了時の報告、短時間のミーティングをすることで、「チームで仕事をしている」という意識を持ち、気持ちや不安なことなども日報に書いて個々の考えをシェアする仕組みを作りました。そういったことをいかに仕組み化していくかが大事だと思います。

やはり、リモートワークで悩まれている方が多いので、我々は仕組み作りの面でも支援させていただいております。1つは評価制度です。これまでの日系企業では頑張りの過程を評価するものが多かったと思いますが、リモートワークの肝はパフォーマンス評価です。成果評価やパフォーマンスをどう見るかが大事です。

そしてもう1つ、リモートワークになるとみんなバラバラになってしまうので、ベクトルを合わせるビジョンやミッションがとても重要になってきます。さらに戦略を絞り込んで、例えば1年単位の戦略ではなくクォーター単位や1カ月単位の目標設定をして、短期の成果マネジメントをしていくことが重要です。

そして、仕組みとしての見える化ツールの活用や、ビジョンなどの経営陣の意識改革をした上で仕組みに落とし込んでいくマネージャーの意識改革が必要です。これまでのやり方ではなく、リモートで主体的にマネジメントをしていくという意識を持つ必要があります。また、チームでのミーティングをしていても、なかなか部下の本音が分からないこともあるので、1on1の重要性が今まで以上に高まってきています。とくにリモートでマネジメントとなると、ローカルのキーパーソンが何を考えているのか分からないので、信頼関係を築いていくためにも1on1は重要だと思います。そして、それらのプロセスを経て、エンゲージメントやグロースマインドセットを高めていく仕掛け作りが大事だと思います。

資料 「リモートワークで、結果を出している組織の変革のステップ」:出典:beyond global
「リモートワークで、結果を出している組織の変革のステップ」:出典:beyond global

我々は、このようなプロセスでお手伝いをさせていただいていますが、リモートワークでのマネジメントの肝として考えているのは、①成果マネジメントをどのように仕組み化していくか②セルフマネジメントを支援する仕組みや評価制度をどう作っていくか、そして③エンゲージメントを高める仕掛けとコミュニケーションをどのようにデザインしていくか、ということです。これらが非常に大事になってきます。

これらがきちんとできた会社にとっては、リモートになったことで今まで属人化していたものが仕組み化され、言語力に頼らなくても仕組みでカバーできるようになっています。日本人は比較的、異文化コミュニケーションが苦手で慣れていない、日本語以外でのマネジメントの経験が足りないという点を、このような仕組みやツールで補完していくことに転換した会社は、かなり上手く行き始めています。反対に、そこで手をこまねいている会社もあり、そこは二分化している印象があります。

水谷:取り組みをスタートしている企業は成果が出ていて、ためらっている企業においては難しい局面になっているということですね。ソフトとハードの両方を揃えていくことがポイントだと思います。日本ではリモートワークをトリガーにして、ジョブ型雇用をどうするかという話がありますが、海外では当たり前という捉え方でしょうか。

森田:そうですね。日本企業以外ではジョブ型雇用が当たり前で、それが標準的な形になっています。我々が支援させていただいているところでも、人事制度を変えたいというキーワードの中に、ジョブ型をやりたいというキーワードも出てきています。やはり、本社の流れが海外現地法人にも来始めているという実感はあります。

水谷:その辺りは、日本人マネージャーに対する期待と海外に送り出す駐在員の期待という次の論点で、詳しくお話をいただきたいと思います。

日本でもその部分はフォーカスされていて、オキュペイショナルネットワーク(O*NET)という米国のジョブディスクリプションで、1000の職種を整える米国の仕組みがありますが、日本にも同じ仕組みを持ち込もうということで、この春に日本版O-NETがスタートしています。

厚労省が定義している500の職種についての日米の比較調査を現在行っておりまして、日本企業が職務に何を期待するかという面白い情報が出てきています。ひとつ言えることは、仕事に対する興味や欲求は世界中で大切だとされていますが、これについては日本も米国も同じような傾向となりました。若干違っているのは仕事の環境や性質という点です。例えば、米国版の客室乗務員さんの職務定義は比較的前向きであって良いとありますが、日本版においては反対で、前向きというよりはどちらかというと慎重でミスが少ないようにと記載されていて、日米の差が出ています。我々としては、日本の良さを活かしながら、ジョブ型という言葉に囚われずに、その会社らしい適材適所の考え方を訴えかけたらどうかということを調べています。

森田:そこに関連しまして、海外はジョブ型だからジョブ型を導入したいという日系企業は昔からありますが、失敗しているケースが結構あります。ジョブ型を導入するということは、「この仕事をするから給料はいくら」という契約をするということなので、事前に仕事を定義しておかなければなりません。しかし日本企業はその定義に慣れていません。どちらかというと、曖昧な中で融通を利かせてやってほしいと後から仕事を頼んだり、融通を利かせて仕事ができる人が優秀だという考え方が昔からあったと思います。

例えば課長であれば、課長よりも一段上、二段上の仕事をとってくることが美徳とされていました。

しかし「一段上、二段上の仕事をして」とローカルに言っても、「それならばその分の給料をくれ」と言われてしまいます。また、ジョブ型を導入したとして、例えばごみ捨てをお願いしたときに「それはジョブディスクリプションに入っていない」という話になり、それでは反対に日本人駐在員がマネジメントをやりにくくなってしまいます。さらにジョブの定義がうまくできなくて、導入したはいいけれども有名無実化してしまい、中途半端になっているケースも多くあります。先ほど水谷さんがおっしゃった通り、欧米のものをそのまま持ってくるのではなく、求めるものやマネジメントの仕方に違いがあるので、その中で良さを活かした日本型のジョブ型をどうやって作り上げていくか、または完全に欧米型に振ってしまうのか、という意思決定をしなければ中途半端になってしまうと私は危惧しています。

果たして駐在員は必要なのか?

水谷:我々は、コンサルティングのパートナーの方々と適材適所を推進していく中で、森田さんがおっしゃったように、これからどう変わっていくかというメンテナンス、時代に追従することがとても大事になると考えています。その辺りをセットで考えなければ、単純にジョブ型を入れましょうということでは難しい、ということが見えてきています。

次に、海外駐在員の在り方をどう考えるかという話題に移っていきたいと思います。

森田さんいかがでしょうか。

森田:駐在員というのは、毎年何人かが海外に送られて、3~5年ほど滞在し何らかのミッションを持って仕事をします。これ自体が日本人の育成の仕組みになっていた部分もありますが、20年前はかなりワークしていたと思います。その理由は、ローカルのナショナルスタッフからすると優秀な人が来たからです。技術や知識、経験があるエリートが駐在で来てくれて、我々をサポートしてくれるという仕組みでした。駐在員にとってもアウェイな体験で、日本とは違う場所で二階層ほど上の立場の経験もできるということで、上手く機能していたと思います。

しかし、最近はローカルスタッフの成長が著しく、そこに駐在員が来たとしても、ローカルの人からすると「この人はダイレクターという肩書だけれども、ダイレクターっぽくない」、「マネージャーと言っているけれどもマネージャーの経験が無さそう」といったように、若手の育成として駐在に来ているとなめられるケースが増えてきました。コロナ感染が広がり駐在員が行けない状況で、会社によってはローカル化を進めようと舵を切っている会社もあります。駐在員を減らしていく、リモートで権限委譲をせざるを得ないところもあります。そうなったときに、駐在員がいなくても意外と大丈夫だという会社もあれば、やはり駐在員がいなければ回らないという会社もあります。駐在員がいない方がローカルの人がやる気になり、今までは日系企業のお客さんを中心にやってきたところが、頑張って国内のマーケットを開拓しているという話も聞きます。

そうなってくると、駐在員とはなんだったのかということになります。日本人の育成システムとしてはある程度機能していたものの、海外の事業を本当にドライブして伸ばしていくということに関して一番のベストソリューションだったのか、ということが今問われ始めていると思います。

駐在期間を最大限使って、海外事業をドライブできる駐在員は重要ですが、一方、よくあるのは1年目は勝手が分からずに様子見をしながら前年度の踏襲をして、2年目で徐々に問題点が見えてきて、3年目で変革を考えますが帰任のことが気になり大幅に変革をしても引き継ぎの際にややこしさを感じ、ローカルにもそこまで責任を取れないから結局、無難にやってしまう、というケースです。要するに、駐在員が問題点を分かっていながらそれを先送りすることが、駐在員制度という仕組みで起こりやすい問題です。本当に最初から使命感を持って行き、会社側も「これをやってこなければ、人事評価が下がるぞ」くらいに言っている会社はいいですが、そういう会社の方が少ないと私は感じていて、「とりあえず行ってこい」という会社の方が多い印象があります。東南アジアなどの新興国は今とても成長をしているので、ローカルの会社は、その成長している市場を積極的に取っていきます。そこで駐在員の舵取りが前年度の踏襲で様子見となっていては、どんどん差が開いてしまいます。

駐在員は昔のようにうまく機能しているのか、それが一番のやり方なのか、「駐在にとりあえず行ってこい」としていることで機能しているのか、10年前や20年前ではワークしていたことが今もしているのか、という検証はとても大事だと思います。今はそのタイミングで、結果を出せる駐在員とそうでない駐在員がはっきりと浮き彫りになると思います。

駐在員の人事評価は日本で行われることが多く、駐在先で何をしようが本社側からはよく見えていません。だから好き勝手にできる良さがありますが、反対に身が入らないという側面もあったと思います。例えばとあるメガバンクは、駐在員でもローカルの人事評価制度の中に組み込み、ローカルからも評価がされる試みをされています。そうすることで、ローカルをうまくマネジメントできない駐在員マネージャーやローカルに尊敬されない駐在員は、すぐに日本に戻されます。そういったことが今後は加速すると考えています。また、駐在員は必ずしも日本人である必要はなく、例えばシンガポールで活躍した人がインドネシアで2、3年ダイレクターをやって結果を出してシンガポールに戻ってくるということもあり得ます。駐在員という、ある種守られた制度も日本人だけの特権という話ではなく、フラットに、自由に、一番効果的なものを考えるタイミングに来ていると思います。

水谷:森田さんの問題意識を感じるお話だったと思います。駐在員は守られているのでそこを総点検しよう、という考え方が加速しているということですね。

森田:住むところも提供され、手当も出てということを踏まえると、一般的に、駐在員はコストも高くかかります。そういった手当を考えると、ローカルで優秀な社員を採用した方が、実はコストパフォーマンスが良いということにも繋がっていると思います。

水谷:本社サイドからすると大きな戦略があり、その中での海外事業という位置づけなので、ビジネス上で一番効果的な手を打つべきだと思います。本社もその点で問題意識を持つべきだと思いますが、森田さんが日々お客さんとお話しする上で、本社サイドの問題意識はどうでしょうか。

森田:私の見えているところでお話をすると、まだまだスピード感が遅いと感じています。

欧米企業も、20数年前からグローバル化を一気に進めました。例えば、アメリカ企業であれば、20年ほど前はアメリカからの駐在員が行くことが主流で、アメリカでのやり方を他の国に持って行くことをしますが、これでは上手くいかないことに気づきました。アメリカ人だけを優遇させる仕組みではなくローカルにシフトしていく、ローカルの人をもっとエンパワーしていかなければビジネス自体がグローバルで成長していかないと気づき、多くの欧米企業が15年ほど前から転換をしています。

日本企業はその欧米企業のグローバル化の歴史から学ぶべきで、駐在員が行けないからどうしようという議論で止まっているのでは、グローバル競争に勝てないリスクがあると感じています。今はビジネスのスピードが加速していて、DXなどいろいろな動きが出ています。

水谷:その辺りは現地にいる森田さんならではのコメントだと感じます。事前調査の中でも、海外駐在員の在り方についてお声をいただいているので共有します。

資料 調査結果の概要②

先ほどお伝えした通り、半分以上の企業が海外駐在員の求める人材像に変化がある、と回答しています。ナショナルスタッフを幹部に据える方向性を考えている企業がある中で、ビザの発給難易度が上がっているので、より専門性やマネジメントに関しての期待が上がっていくという声もありました。またリモートでできることは駐在員がやる必要はないので、マネジメント業務に注力していき、より一層現地化を進めるための権限委譲やサクセッションプラン、現地社員の育成というところに重きを置いている企業が増えています。

事例をご紹介します。海外人材マネジメントをどうするかということで、昨年ある企業では、本社の幹部人材のあるべき像の定義、我々の手法で言うところのパフォーマンスモデルを整えました。今後力を入れていきたい海外拠点長のあるべき姿を共通言語の形で整えることは、非常に大事なことです。

そしてそれをアセスメントの観点と、もともと持っている社内の評価軸を連動させて、期待値を明確にしたうえで送り出す、ということを春先に議論しました。この中で様々な議論がありましたが、より現地の方を育成できる人材を求めるということで、PXTの「仕事への興味」における「人的サービス」の期待値をしっかりと定義付けました。この点をしっかりと求めますという期待を駐在員に伝えた上で、海外に送り出している、という企業の話がありました。これはグローバルの観点でも、共通の基準を持ってフェアに議論ができるのは良いという話になっています。

資料 海外マネジメントモデル活用の事例

森田:今までのように「あなたはこの業務が向いてそうだからやって」などと属人的にやるだけではなく、科学的に分析をして、どのような人が海外で活躍するのか、どのような人が自分の会社で成果を出せるのか、ということを、数値も含めて言語化し見える化するということは、グローバルマネジメントにおいては重要だと思います。信頼関係があり阿吽の呼吸で分かるメンバーであれば、「あの人良さそう」で決めてもいいのですが、グローバルのタレントマネジメント会議では、基準値が違いすぎるので共通の物差しがなければ議論が進みません。

我々は、ローカルの採用でProfileXTを使うお手伝いをしていますが、特にローカルの経営層の採用には失敗が許されません。そこで、面接では見えないところをPXTでカバーしていきます。とくにリモートやグローバルでは言語やカルチャーの壁があるので、このようなツールでカバーをするという発想がなければ、なかなか効果的なマネジメントはできないと実感しています。

質問への回答

水谷:お話をいただいているあいだに質問をお寄せいただいております。

「東南アジアやシンガポールのナショナルスタッフの定着や育成は、どのように考えていくのか」。
また「駐在員やローカル社員の配置、育成の在り方は、今後の戦略に応じて大きく変わっていくと思う」というご意見もいただいております。

そこで3つ目の論点に行きたいと思います。ナショナルスタッフのモチベーション維持や育成の考え方について、是非お聞かせください。

森田:ナショナルスタッフのモチベーションや育成ですが、現状認識として考えなくてはならないのは、コロナ前にナショナルスタッフのモチベーションは高い状態にあったのか、ということです。

私が海外現地法人をサポートをさせていただいている中で、どちらかというと日本企業はクビにならない、しかし昇進や昇格は遅い、給料も最初はいいけれどもマネージャーになったところでそこまで上がらない、幹部にもなれない、キャリアパスが見えないとなっていると、優秀なローカル社員は日本企業を敬遠します。どちらかというと日本が好きで安定して仕事がしたい、という安定志向の人が日本企業に来ていて、プロアクティブに主体的にやるというナショナルスタッフが日本企業に来ない構造になっていた、という現状認識をする必要があります。そんな中で、多くの日本の大企業は、彼らを本社のプログラムで1週間ほど日本に送り、そこでモチベーションを高めて戻ってきて欲しいという意図でこのようなプログラムを実施している企業が多いですが、優秀なローカル社員が日本に行きこれからの戦略について英語で質問をすると誰も答えられない、という状況に幻滅して辞めてしまうというケースもあります。ナショナルスタッフのモチベーションを上げるという点で言うと、例えば今は駐在員が来られないので権限委譲をされて任されている、そのことでモチベーションを上げているというところもあります。それを自分たちが上に行けるチャンスだと捉えている場合もありますが、反対に放置したままになってしまいモチベーションが下がっているケースもあるので、完全に二極化している印象です。

ナショナルスタッフのモチベーションを考える上で、さらに重要なことは、公平に評価をされるかどうかです。

日本企業は減給やクビにすることが苦手で、例えば、今はあまり良い影響を周りに及ぼさない人であっても、「拠点が立ち上がったときに貢献してくれた。20年も働いてくれている」という理由で、その人をそのまま放置してしまうということがあります。

そういう人がのさばっている組織だと、若い優秀な人の居心地が悪くなり「あの人の上には行けない」とすぐに辞めてしまうことになります。そういう意味では、日系企業のネットワークではなく、ローカルの市場を取りに行くために優秀なローカルを採用し活躍してもらう、そのためには、評価制度とキャリアパスを公平にしていくことが重要です。場合によっては、本社への転勤で日本に行くことが出来るというキャリアパスが見えると、ローカルの方は俄然やる気になると思います。今は、それをするチャンスだと捉えています

水谷:しっかりと評価をしてその人たちに事実を伝えていくということが、モチベーションに繋がると思います。

残り時間が少なくなってきましたので、いただいた質問の1つをカバーしていこうと思います。

「業種や会社ごとにいろいろとあると思いますが、日本企業の現地法人全体としてのローカルスタッフの取扱い方の傾向などはありますか」というご質問です。

森田:例えば、評価では多少昇給率を変えたりしていて、あまり差がつかなかったところから、より選抜型や抜擢型が起きるようになってきたと感じています。みんな平等にという考え方では、もう立ち行かなくなってきます。

今「長年のさばっている人はどのように辞めさせるのか」と質問がきましたが、これはセットで考えなくてはなりません。それほど成果を出していないのに、自分の仕事を抱えて会社から辞めさせられないような構造を作って偉そうにしている人が、ローカルでは居たりします。成果が出ているかどうかにもよりますが、成果が出ていない人に対しては、PIP(Performance Improvement Program)をやるのが欧米企業では一般的です。

これは、成果が出ていない人には3~6カ月の改善計画とKPIを立ててもらい、毎月進捗状況を把握して「これができなければ減給、降格、もしくは退職」ということも含めて、評価の低い人にはこのようなサポートをして、最後のチャンスを与えて向き合うことが重要です。向き合うことを今までしてこなかったツケが溜まっているので、これは覚悟をもってやらなければなりません。優秀な人を抜擢することと、組織に悪影響を与えている人が自主的に出ていくような仕組みを作ることに、本気で向き合わなければならないタイミングだと思います。

水谷:入口だけではなく出口も、そして何を求めているのか、というそもそものところが非常に大事だと、森田さんのお話を聞いて改めて認識しました。

もう少しお話を伺いたい気持ちもありますが、残り時間が少なくなってきました。森田さんはシンガポールに拠点を置いて、人材育成や人材マネジメントに造詣が深い方なので、追加で質問があれば私たちにメッセージをいただきたいと思います。

最後に、森田さんからメッセージをお願いします。

森田:今回のコロナによっていろいろとピンチの状況があると思いますが、反対にゼロリセットで考え直すチャンスだとも思っています。駐在のあり方や、ローカルで本当に優秀な人を採用して活躍してもらうためにはどうすればいいのかということは、これからの日本企業のグローバル成長においては非常に重要なファクターになってきます。その辺りを皆さんと一緒に考えていけたらうれしいと思います。

我々は、東南アジアの人事評価制度の構築や運用には自信を持っていますし、研修もオンラインでどの国でも出来る時代になってきたので、そういったところでも皆さんとご一緒させていただきながら、本当に強い企業、本当に活き活きと働く個人の支援をしていきたいと思っています。

水谷:本日は、シンガポールからありがとうございました。皆さんにとっても良い情報共有の場になっていれば良かったと思います。

参加されたみなさんもありがとうございます。メッセージもありましたら、私たち経由で森田さんに質問することもできますので、よろしくお願いいたします。

イベント後のコメント

森田:「東南アジア、特にシンガポールは職を変えてステップアップをする傾向があります。人事制度や評価制度は辞める理由に直結します。」ということをコメントでいただきましたが、私は逆だと思っています。確かに、安定していてそんなに頑張らなくてもクビにならないという人にとっては、成果主義の評価制度がきちんと運用されると居心地が悪くなり辞めてしまうということがあるかもしれません。反対に、優秀でステップアップして給料を上げたいという人にとっては、どのような基準で評価をされて、何をすれば給料が上がるのか、ステップアップができるのか、ということが、よりトランスペアレントに説明されると、優秀な人が残ると思います。今はどちらかというと、のほほんとした人が残り優秀な人が辞める構造になっています。人事制度をきちんと入れて運用することで、のほほんとしている人の居心地が悪くなりやる気のある人の居心地が良くなる、働き甲斐のある組織への変換が、日本企業の現法での変革で求められていることだと思いますし、人事制度や評価制度を優秀な人が残る理由にしていくことはできると思っています。

水谷:いただいている質問で補足できるところがあればありがたいのですが、いかがでしょうか。

森田:例えば、「森田さんから見た優秀な駐在員とは」という質問をいただきました。先ほどもお話ししましたが、ただ様子見するだけではなくて、自分の中でミッションを持って駐在に行っているというのは大事だと思います。なんのために駐在に来ているのか、ということには様々な観点があると思います。本社サイドの意図もありますし、駐在員が来ることでローカルとしてどのような効果を出していくのかということもありますし、自分自身も駐在でこのような経験をしたいという思いもあります。このように個人レベルやローカルレベル、本社レベルでのミッションが在り得ると思いますが、そのミッションを明確に持って活動している駐在員というのは、とても魅力的に映ります。またローカルの人にとっても「こんなミッションがある、こんなことをしたい」と言ってくれて、ローカルとディスカッションやダイアログをしながら信頼を勝ち取っていくというように、ローカルをドライブできる駐在員が、私は魅力的で優秀な駐在員だと思います。

水谷:そういう人材が増えるといいですね。ぜひこれからもいろいろとご一緒させてください。森田さん、ありがとうございました。

2020年11月24日

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