
Leadership in Chaos
〜”こころ”と”そしき”の交差点 〜
HRD株式会社 代表取締役 韮原 祐介
混沌の時代において、リーダーシップとは何かを問い直す。
「個」と「組織」のあいだに揺れる“こころ”を手がかりに、私たちの在り方を静かに見つめていく連載です。
本連載は、HRD株式会社代表取締役・韮原祐介が自身の経験と思索をもとに綴っています。
第1回「切断された脚は、自分か?」
4月に入り、HRDには2名の新卒社員が新たに加わりました。私たちは、DiSC®やProfileXT®、CheckPoint 360°™などの人材アセスメントを通じて、個人と組織の成長を支援しています。その根底にあるのは、「人とは何か」「自分とは何か」といった、人間理解への探究心です。
新卒研修の一環として、彼らに、ある問いを投げかけてみました。
その問いを、お読みいただいている皆さまとも一緒に考えていきたいと思います。
舞台は2007年のアメリカです。ある男性が競売でBBQグリルを落札しました。ところが、グリルの中から出てきたのは――なんと人間の切断された脚。その発見に驚いた彼はすぐに警察に通報します。
しかし捜査の結果、その脚の持ち主は隣の州で元気に暮らしていることが分かりました。
持ち主は若い頃、飛行機事故で命は助かりましたが脚を失いました。事故後、彼はその切断された脚を手元に残したいと考え、防腐処理を施して大切に保管していました。
しかし時が経つにつれて、脚の存在をすっかり忘れてしまい、保管していた倉庫が未払いで競売にかけられ、結果としてその脚が売られてしまったのです。
ここで問題が起こります。
脚の持ち主が取り戻そうとしたところ、落札者は「これは自分が買った物だから返さない」と主張。
裁判にまで発展し、最終的には「脚は元々の持ち主のもの」と判決が下されました。
しかし、裁判所は同時に、「その脚を返すために5000ドルを支払え」と命じたのです。
自分の切断された脚を取り戻すために、元々の持ち主が現金を払わなければならないーーそんなことが本当にあるのでしょうか?
この話を知ったとき、私は高校1年生の夏休みに出された宿題を思い出しました。
それは、「自分とは何かを考えよ」という哲学的な問いでした。
先生は言いました。
「例えば、今私が話しているときに唾が飛んだとしましょう。その唾が床に落ちた瞬間、皆さんはそれを“自分の一部”だとは思わないでしょう。でも、飛ぶ前の唾は、確かに自分の体の一部だったはずです。
同じように、シャンプーをして抜けた髪の毛も、抜ける前は“自分の一部”として感じていたはずですが、抜け毛となってお風呂場に溜まった髪の毛のことを皆さんはゴミだと思うかもしれません。
その時、私たちは自分の境界線をどう考えるのでしょうか?自分の一部はどこからどこまでで、どこから先を、いつの時点から“自分ではない”とみなすのか?」
あの切断された脚も、果たして「自分」の一部として考えられるのでしょうか?
それとも、もう「自分ではない物」として扱うべきなのか?
いったい、どこまでが「自分」で、どこからが「自分ではないもの」なのでしょうか?
大人になったいま、改めてこの問いに向き合ってみると、また新たに考えなければならないことがあることに気づきました。
いま、目の前に一つのリンゴがあるとします。もちろん、それは明らかに「自分」ではありません。しかし、そのリンゴを食べたとき、私たちはどう感じるでしょうか。
口の中で噛みしめている間は、まだ「食べ物」であって、「自分の一部」とは感じられないかもしれません。
ところが、それが胃に届き、消化され、体に取り込まれていく過程で、そのリンゴは確かに「自分を構成する何か」に変わっていく。
さらに言えば、私たちが無意識に吸い込んでいる空気はどうでしょうか。
吸い込む前の空気を「自分」とは認識しませんが、酸素として肺に取り込まれ、血流に乗って体を巡るとき、それはもはや「自分の一部」と言っても差し支えないように思えます。
けれども、二酸化炭素として吐き出した瞬間、それはまた「自分ではないもの」になる。
切断された脚、吐き出された唾、抜け落ちた髪の毛、飲み込んだリンゴ、吸い込んだ空気。
あなたにとって、「自分」とはーー何でしょうか。
次回、もう少しだけ、この問いの先をのぞいてみたいと思います。
(つづく)
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2025年04月18日