【働き方の未来図♯1】2000人の社員と向き合った「キャリア面談のスペシャリスト」。浅井公一さんと考える、社員の自律を引き起こすキャリア開発とは
NTTコミュニケーションズ株式会社
人材開発部門 キャリアデザイン室 キャリアコンサルティング・ディレクター
浅井 公一 氏
株式会社クニエ
人材マネジメント担当 ディレクター
三沢 直之 氏
リモートワークが普及し、社員全員が同じ時間に同じオフィスで働くといった古い常識が消えかけています。今後は、社員が自律的に働く世界に変わっていくはず。それにともない、会社と社員の関係も変化するのではないでしょうか。今回のシリーズ企画「働き方の未来図」は、会社と社員の関係がシフトしていくであろう未来を、さまざまな視点で展望していく企画です。初回のテーマは「これからのキャリア開発」について。そこでお話を伺ったのが、NTTコミュニケーションズの浅井公一さん。2000人以上のキャリア面談を行い、75%を行動変容に導いた“キャリア面談のエキスパート”です。そんな浅井さんは、社員の行動変容を促すためにどんなアプローチをしてきたのでしょうか。クニエの三沢直之さんが聞き手となり、浅井さんのお話からキャリア開発のあり方を展望します。
対談者のご紹介
NTTコミュニケーションズ株式会社
人材開発部門 キャリアデザイン室 キャリアコンサルティング・ディレクター
浅井 公一 氏
企業内キャリアコンサルタントとして、2,000人を超えるシニアのキャリア開発に携わり、面談手法を指導したマネージャも800人を超える。圧倒的面談量をもとに築き上げた独自のキャリア開発スタイルにより75%の社員が行動変容を起こす。2021年、人事・キャリア支援者のための実践塾「浅井塾」(HRラボ社)を開講。
株式会社クニエ
人材マネジメント担当 ディレクター
三沢 直之 氏
戦略系コンサルティングファームにて経営全般のコンサルティングに従事後、人材系ベンチャーにて事業企画室の室長、および現場のマネジメントに従事。銀行系シンクタンクにて人事全般のコンサルティングサービスを提供後、2018年より現職。社会保険労務士・キャリアコンサルタント。
キャリア面談で行動変容を起こすには「愚痴」を言わせる
リモートワークやジョブ型雇用など、これからは“個”を重視した働き方が増えると考えられます。それにともない、会社と社員の関係も変わっていきます。会社が社員をがっちり管理するのではなく、社員の自主性に任せる。これまでの会社と社員が「大人」と「子ども」のような主従関係だったならば、これからの会社と社員は「大人」と「大人」の関係に変わっていくかもしれません。
いうならば「丁稚奉公型」の雇用ではなく、会社・社員の両方がメリットを享受する「Win-Win型」へのシフトが求められます。
そういった変化の中でポイントになるのが、社員の「自律」です。会社と社員が大人と大人の関係になるということは、社員一人ひとりが自律し、能動的なチャレンジや学習をしていく姿が求められるでしょう。
だとすると、企業によるキャリア開発の取り組みにおいても社員の自律を後押しするアプローチが必要になります。しかし、社員の意識を変え、自律を促すのは簡単ではありません。どうすればよいのでしょうか。
そのヒントを探るためにお話を聞いたのが浅井公一さんです。2000人以上のキャリア開発を担当し、75%の社員を行動変容に導いてきました。まさに、社員の自律に向き合ってきた一人といえるでしょう。また、著書『ビジトレ: 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』(金子書房)の共同著者でもあります。
そして取材の聞き役を務めたのが、コンサルティングファームのクニエで人材マネジメントのコンサルティングを行う三沢直之さん。三沢さんも、浅井さんが塾長を務める人事実践塾「浅井塾」の一期生であり、その理論を受け継いでいる存在といえるでしょう。
こうして始まった今回の取材。まず話題に上がったのが、浅井さんのキャリア面談の方法論です。どんな方法で社員の意識を変え、行動変容につなげているのでしょうか。そんな疑問を三沢さんが投げかけると、浅井さんは以下の技術論を語ってくれました。
「ひとつのやり方として、社員が愚痴を言うようにアプローチします。なぜなら、愚痴は“なりたい自分”の裏返しですから。行動変容の起点になります。たとえば、人事制度に対して愚痴を言う人がいたとします。『若手ばかり昇格するのが気に入らない』と。それは、自分が昇格したかったことの裏返しなんですよね」
こういった愚痴によって“なりたい自分”を明確にするのがファーストステップ。浅井さんは「面談中に社員が愚痴を言い始めたら、しめたものですね」と笑顔を見せます。
ただし、これだけでは浅井さんの面談は終わりません。
「“なりたい自分”が明確になっても、それを実現できるかはまた別問題です。仮に『昇格したい』と思っている自分に気づいても、その後、本当に昇格できる場合もあれば、できない場合もあります。そこで大切なのは、『最高の目標』と『最低限の目標』を用意すること。最高の目標が『昇格する』なら、最低限の目標は『昇格できなくても、何かしらの処遇向上を目指す』など。そうして、それらの目標を達成するにはどうすればいいかを考えます」
すると、やがて社員みずから「(目標達成のために)部下から尊敬される存在になりたい」といった言葉を口にし出すとのこと。「そこまで落とし込んでやっと意識が変わり始める」と浅井さんは言います。
とはいえ、まだ面談は終わりません。今度は、部下に尊敬されるために何をすればいいか、具体的なアクションを考えます。そうしてアクションを決めたら、しばらく間をおいて浅井さんはその社員とコンタクトを取り、本当にそれを実行しているのか確認します。
そうしなければ、面談時に「言っただけ」で行動せず終わるケースが出るもの。アクションの実行まで確認することで、行動変容につなげていくのです。
最近聞かれる、自律を促す「煽り言葉」。本当に効果はあるのか
浅井さんの方法論を聞いたところで、三沢さんはある質問を投げかけます。その質問とは、最近よく聞かれる、社員のキャリア自律を促す“煽り言葉”について。これらの言葉は本当に効果があるのか、ということです。
煽り言葉とは、たとえば「終身雇用の崩壊」や「ジョブ型雇用になると専門スキルのある社員は給料が伸びる」など。こういった煽り言葉で社員のキャリア自律を促すことに対してどう感じているのでしょうか。
浅井さんは「会社にもよりますが、それらの煽り言葉が響かないケースは多いでしょう。少なくとも、私の会社では社員に響きません」と断言します。
「なぜなら、煽り言葉が現実になっていないからです。たとえば、終身雇用が崩壊するといっても、現実は全員が円満に定年を迎えていますし、その後の雇用もある程度保障されています。ジョブ型と給料の関係も、たしかに最初は専門スキルのある人が給料を伸ばすかもしれませんが、いずれ専門スキルを持つ人が増えれば、それが当たり前になり、専門性だけで給料は上がらなくなるかもしれませんよね」
このように、煽り言葉の響かない会社は「たくさんある」と浅井さん。そして、そのような会社では「別の形で社員の自律を促す必要がある」といいます。
では、浅井さん自身はどうアプローチしているのでしょうか。浅井さんはおもに50代社員のキャリア開発を行っており、そこで行っている2つの方法を紹介してくれました。
「1つ目の方法は、50代社員の立ち位置が今後変化すると理解してもらうことです。60歳以上の再雇用が増えると、50代社員はこれまでのような“定年前”の立場から、組織の“中堅社員”へと変わります。バリバリ仕事を回す存在になるでしょう。そういった具体的なイメージを抱かせて、意識を変えようとしています」
そして、2つめの方法は「健康寿命と幸せ」の話をすることだといいます。
「今後、70歳まで働くケースが増えると、健康寿命のほとんどを現役社員として過ごすことになります。であれば、退職する最後まで会社や組織に必要とされる方が幸せな人生ですよね。そこで社員には、幸せな人生を送るために、いまからキャリアと向き合う必要性を説いていきます」
これらの話を受けて、三沢さんは「2つとも、本人が意外と気づきにくい未来を具体的にイメージさせることで、意識改革を起こしているのかもしれません」といいます。
自律できる社員とできない社員の「差」として浮上した2つの要素
いまの話に出てきた「幸せ」という言葉。実は、浅井さんが社員の自律を生むキーワードとして注目しているものでもあります。その背景には、自社で行った調査結果があるようです。
「社員一人ひとりの幸福度を調査したとき、もともと自律して働いていた社員は、本人の幸福度が高いという結果が出たのです。一方、キャリア開発によって行動変容を起こした人と起こせなかった人の幸福度を調査すると、それほど差は出ませんでした。この結果から感じたのは、社員が幸せを感じるには、行動変容を起こすだけではなく、自律して自主的に行動変容することが重要ではないかということです」
つまり、社員の自律的な行動変容がたくさん起これば、会社も社員も幸せになっていく。それは「Win-Win型」につながるといえるかもしれません。
そこで三沢さんは「では、社員が自律するカギはどこにあるとお考えでしょうか」と問いかけます。まさに、これからのキャリア開発における重要なテーマです。
「ひとつポイントになるのは、過去の成功体験から来る『自信』です。弊社は約3年に一度異動があり、全く違う分野に配属されるのですが、そこで結果を出した人は自信を持ち、自律的に行動できている傾向にあります」
そしてもうひとつ、浅井さんの相対するシニア社員の場合は、あるチャレンジや目標を思い浮かべたとき、残りの働く年数の中でメリットがデメリットを上回れば自律的な行動につながりやすいとのこと。
「自信とメリット、この2つが揃うことが、自律的な行動変容につながるのではないでしょうか。逆に自律できない社員に対しては、この2つを活用して自律を促すアプローチができると考えています」
自信を得るために、自分を客観視して強みを知る。小さな成功体験を積む
社員の自律を引き起こし得る2つのカギ、自信とメリット。このうち、メリットは未来を想像して考えることなので、その場で対応できるかもしれません。問題は、過去の成功体験から来る自信をどう社員に感じてもらうか。そこで三沢さんは、こんな意見を口にします。
「キャリア開発の中で、社員が過去の成功体験を思い出す機会を作ることが大切ではないでしょうか。たとえばアセスメントを通じて自身のキャリアを振り返るのもひとつだと思います。自分自身が持っている特性を過去の成功体験に重ね合わせて振り返ると、これまで自分が当たり前に行っていたことの中に、実は自分の強みが隠れていることに気づき、それが自信につながったり、気づいていなかった自分自身の可能性に気づくきっかけとなったりします。」
「クニエでは、ジョブマッチングを測定する人材アセスメント、ProfileXTを活用して顧客企業のキャリア開発を支援しています。このアセスメントは『ホランドの職業選択理論』などを測定指標として利用しているため、自己の内省を深めるうえで相性がよく、キャリア観を醸成する材料として有効です。また、個人が利用するだけでなく、職務とのマッチングを測定することもできます。その人材にとってのベストマッチなキャリアをジョブマッチパーセントによって数値化することができるため、企業サイドはその人材に最も適した配置やキャリアプランに役立てることが可能です。」
浅井さんも、キャリア研修においてキャリアアンカーなどを測定するアセスメントを活用しているとのこと。そういったツールを入口にキャリアを振り返り、過去の成功体験を思い返すことも重要だと考えています。
一方で、過去に成功体験をしていないことで、なかなか自信を持つことができない社員もいるでしょう。「そういった社員に対してはどうアプローチすることを推奨されますか?」と、三沢さんが投げかけます。
それに対し、浅井さんは「どんなに小さなことでも構わないので、自分の力で組織に貢献したという体験をしてもらうといいでしょう」とアドバイス。
「あくまでその社員ができるレベルの小さな貢献、ひとつの貢献でいいのです。昔、読売ジャイアンツに川相昌弘という選手がいましたよね。彼はバントの神様といわれ、バントのためにベンチに入っていることもありました。そしてその技術はチームに必要とされていたのです。そういったイメージで、何かひとつで良いので得意なことで組織に貢献し、成功体験を得てもらうのです」
浅井さんが関わってきた社員を振り返っても、そういった小さなことで成功体験が生まれた実例があるといいます。
「過去には、挨拶をし続けることで成功体験を得た社員もいます。その社員は、ある日からメンバーの名前を呼んで、「○○さん、おはようございます」と、朝の挨拶をきちんと行おうと考えました。本当に小さな心がけでしたが、それによりチーム内で活発に挨拶をする文化ができた。チーム長は『雰囲気が一変した』とまで言ったんですよね。これもひとつの成功体験になります。どんなに小さなことでもいいのです」
そういった小さな成功体験が自信を生み、自律的な働き方につながる。結果、社員の幸せに発展する。これが未来のキャリア開発の流れなのかもしれません。
2000人のキャリアと向き合うことができた原動力、やりがいは?
浅井さんは、2014年からキャリア面談を続けてきました。NTTコミュニケーションズの場合、50歳の社員がこの面談を受けることになっており、いまや「健康診断のように、社員が当たり前に受けるものになった」といいます。
その中で、浅井さんはこういったキャリア開発の取り組みは「長く続けてこそ成果がある」と考えています。
「75%近い社員が面談で行動変容しているので、これから面談を受ける社員も『この機会に自分も変わらないといけない』と考えるようになりました。そういった意識を浸透させるにも、長く続けることが大切ですよね」
8年間、2000人以上にわたり行ったキャリア面談。その取り組みは、ひとつの文化になったのかもしれません。それにしても、これだけの取り組みを続けてきた浅井さんの原動力はどこからくるのでしょうか。
三沢さんがそんな質問をすると浅井さんは、「私は決してキャリア面談が好きなわけではないんです」と笑います。
「でも面談をすると、実際に行動変容を起こす社員が増えて、さらにその社員から感謝されるようになったんですよね。それが一番の原動力です。感謝されるとうれしいですし、また頑張ろうとなる。人を幸せにすることがこんなに楽しいんだと。それが私の幸せなんでしょうね」
自律のカギとなる「幸せ」。実はその一番の実践者こそ、浅井さんなのかもしれません。三沢さんはこの取材を振り返り、「社員一人一人の幸せを考えることが自立につながり、行動変容が生まれる。そしてそれが企業のプラスになるという循環を感じました」と総括します。
会社と社員が大人と大人になる時代。これからのキャリア開発のヒントは、浅井さんの言葉の端々に隠れているかもしれません。
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▷「好き」Likeよりも「できる」Ableがキャリアを拓く
▷自分自身の内面を深く知ることで、キャリア観醸成やストレス対処に繋げる
2022年03月16日