リアルからバーチャルへ、変わる『職場』の再定義
~データから見える真実と向き合い、新たな組織マネジメント手法を見出す~
Virtual Workplace Lab. 代表
株式会社エスノグラファー 代表取締役
神谷 俊氏
登壇者のご紹介
神谷 俊氏
Virtual Workplace Lab. 代表
株式会社エスノグラファー 代表取締役
法政大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。エスノグラフィーという調査方法を専門技能として、企業や地域などの分野でフィールドワークを実践。2020年5月、ポストコロナ時代の「職場」の在り方や働き方を探求することを目的に研究プロジェクト Virtual Workplace Labを設立。従来の職場環境が、バーチャルな環境にシフトすることによって生まれる効果や不整合について研究知見を提供。丹念な文献リサーチと企業調査を繰り返し、実践的なノウハウの提供を推進している。
神谷氏へのご質問は、下記までお寄せください。
https://www.virtual-workplace-lab.com/contact
ReThink Day2 イベントレポート
HRDグループが毎年開催しております「Assessment Forum Tokyo」、今回はオンラインに形を変え、コロナ禍に向き合う新しい未来のための価値あるコンテンツを提供する場として開催されました。 経営戦略やDX、グローバル人事など、より広い視点から組織・人材マネジメントについて問い直し、再出発するための一連のデジタルイベントとして多く方のご参加を賜りました。
ReThink第2回目は、Virtual Workplace Lab.の代表であり、株式会社エスノグラファーの代表でもある神谷俊様をお招きしております。「リアルからバーチャルへ変わる職場の再定義」をテーマにお話をいただきます。 HRDグループの久保田智行がモデレーターを務める、対談形式で進めてまいります。
バーチャルシフトが進む中で“起こっていること”
久保田:神谷さんも本日、約半年ぶりに東京に出られたということですが、多くの方々が新型コロナの感染拡大により、働き方が大きく変化したと実感されていると思います。
バーチャルシフトは日本だけではなく、人類全体の実験だと思います。新型コロナが治まった時にどうするのかという点については、現時点において、組織によって考え方が分かれていると思います。バーチャルシフトというのはメリットもデメリットもありますよね。本日は、その点をなるべく言語化して、明確にしていきたいと考えています。組織社会学的なアプローチで知見が豊富な神谷さんをお招きできて、本日はとても嬉しいです。
神谷さんはこの春にVirtual Workplace Lab.を立ち上げて、バーチャル時代の組織について研究されています。本日はそのデータもたくさんご用意いただいております。まずは、バーチャルシフトの特徴や定義づけをお願いします。
神谷:株式会社エスノグラファーという、リサーチとコンサルティングビジネスの会社を経営しています。このエスノグラファーという会社は、私が研究者のときに、文化人類学や社会学のエスノグラフィーという調査方法を専攻していたので、その調査方法を用いながら地域や企業の活動、商品開発をしていこうということで立ち上げた会社です。定量的なアンケート調査も行いますが、基本的には現場やフィールドに行き一社員としてお仕事をさせていただいたり、ひとりの研修受講者としてその研修に参加しながら、他の社員や受講者の動きを観察するという質的な調査を中心にビジネスを展開しています。
しかしコロナウィルスの感染拡大により、全面的に皆さんがリモートワークに移行しましたよね。その中で私も現場に行くわけにいかないので、オンライン環境でのエスノグラフィーであるバーチャル・エスノグラフィーを始めました。すると、上半身だけスーツを着て会議に参加をしたり、後ろで子供が騒いでいると音声を消したり、あるいは背景を全てブラックアウトにして家庭が見えないようにしたりといったような、一見すると矛盾しているような不都合な状態というものがたくさん見受けられました。これは何とかした方がいいと考え、4月にVirtual Workplace Lab.というプロジェクトを立ち上げた次第です。
久保田:緊急事態宣言で、皆さんが家に留まっている最中でしたね。
神谷:そうですね。3月頃から全面的にリモートに移行すると思いましたし、それまで、海外に比べて日本はリモートの導入率が圧倒的に低かったのです。企業では全体の15%ほどしか導入していませんでしたし、導入している企業の中でも数%の社員しか実際にリモートワークを利用したことがないという状態でした。社会的に働く上での制約とでも言いますか、例えばお子さんがいて、なかなか働く時間が十分に取れないといった方に向けての制度としてのリモートワークという位置づけになっていました。なので、これは適用するのが難しいだろうと思い、適用を支援するために立ち上げたプロジェクトがVirtual Workplace Lab.です。
このプロジェクトの基本的な概念はバーチャル・ワークプレイスです。海外では当たり前のように研究されている領域なので、オンライン上の職場での研究文献を読み込んでいます。海外では、90年代以降からバーチャルチームの研究は進んできているので、その辺りの知見をインプットしつつ、日本のリモート環境におけるHRM(人的資源管理)の役割、つまり、人事がオフィスではない環境下でどうやって社員を支援できるのか、または能力開発ができるのかといったところを定義していきます。さらにリモートワークに移行する企業の多くは問題を抱えているので、その部分の解決コンサルティングも行っています。
では、リモートワークの推進背景、バーチャルシフトの本質部分についてお話したいと思います。バーチャルシフトとは何かというと、「リアルからバーチャルに移行すること」ということが最もシンプルな説明ですね。オフィス環境からどこでも働けるような環境にシフトしていくことです。このバーチャルシフトを今後も続けていくのか、とよく聞かれますが、私は今後も継続的に進むと思っています。理由は、日本政府がそれを支援しているからです。日本の労働人口が1990年代からどんどん減少していく中で、生産性や一億総活躍と皆さん言われ続けていますよね。その国が抱えている大きな人的資源の問題とリモートワークというのは、とても相性がいいです。
今回の新型コロナウィルスによって皆さん強制的にリモート環境に追いやられたわけですが、そこで得た学習機会は大切にしなければなりませんし、それを活用しなければ、高齢化社会の中での日本のビジネスというのは持続的ではないと思います。なのでバーチャルシフトはまだ続くと思います。
また世界的な潮流として、マッキンゼーが指摘しているウォー・フォー・タレント(人材獲得競争)がスタートしています。優秀な人材をいかに獲得していくかということで、バーチャルシフトが重要になってきています。例えばとても優秀なエンジニアが沖縄でダイビングをしながら働きたいと言ったときに、企業はその人材をとれるかが重要です。リモートワークを採用していれば難なく獲得することができます。しかしオフィスに来てもらわなければならないという前提になると、採用は難しくなります。
久保田:それは国をまたいだときにも言えますね。
神谷:そうですね。GoogleやFacebookなどは従来からバーチャルチームの運用をしていますが、彼らがバーチャルチームを取り入れている理由は、市場を全世界で見ているので、世界中から優秀な人材を調達してプロジェクトチームを作るためです。なので中国、日本、アメリカ、イギリスといったところで点在している社員が、チームを組んでプロジェクトを進めるといったことも可能です。社会的な背景やビジネス効率の両方を踏まえても、リモートワークはとても相性がいいですし、それを戦略的に進めていく時代が来ていると思います。
実際にアメリカのガートナーは、「2021年までに中堅と大手企業の4分の1がバーチャルな環境へのシフトを成功させる」と言っています。全員がオフィスに集まって合意形成の会議を行い、それで意思決定をしていくというスタイルではなく、それぞれのチームが現場で判断して意思決定を行うという、セルフマネジメントを中心とした考え方で分散型の意思決定が進んでいくと考えられます。そしてリモート環境が整備され、オフィスの意味が変わってきます。仕事をする場所がバーチャルになるのであれば、オフィスは新たな意味を持ってくるので、その辺りの再設計が進められるということが、新型コロナの前である2019年から言われています。
過去の研究を見ていくと、リモートワークの導入メリットについて、このように言われています。まずは時間的なコスト削減です。もちろん移動時間などが削減されるので、時間的なコストダウンは有益になります。また距離のコストダウンです。出張やお客さん先の訪問などが無くなるので、その辺りのコストも削減されます。そして自律性やセルフマネジメントの向上です。現場が自主的に判断するという能力や問題解決の力が身に付きます。
それからタレントマネジメントの効率化もあります。ここでいうタレントはとても優秀な人材のことを指しますが、先ほど沖縄でダイビングをしながら仕事をしたいという人の例をあげましたが、そのような優秀な人材を時間や場所の制約に囚われずに、プロジェクトにアサインしたり採用することができます。もちろん採用力が上がりますし、知識共有が促進されます。オフィスでは皆さん黙々と仕事をしているので、なかなか情報の共有は進みませんでしたが、バーチャルではチャット上でどんどん情報の共有がされます。
久保田:リアルな職場の方が、会話の中で情報共有ができるという意見もありますよね。両面があるということでしょうか。
神谷:知識の質にもよると思いますが、メディア上に掲載されている情報や論文の情報など、バーチャルに置かれている知識の共有というのは、オンラインの方が共有されやすいです。しかし現場で培ったノウハウや営業経験から得た知見などは、おそらくリアルの方が共有されやすいと思います。総論的に見ると、情報共有が促されやすいという研究結果があります。
そして創造性の向上です。これは日本企業においては微妙なところがありますが、オンラインでは意見を出しやすいです。自分の意見をチャットなどで書き込みやすいので、様々な意見の有益な衝突が起こります。そのコラボレーションの中から創造性が生まれやすいと言われています。
そして皆さん気になるところだと思いますが、ネガティブなものもたくさんあります。先ほど知識の共有のところで、知見やノウハウが共有されにくいという話がありましたが、やはり意図しない情報は入りにくいです。自分が探したり検索することで得られる情報は周囲と共有しやすいですし、自分の仕事に関する情報というのは入ってきやすいのですが、例えばオフィスを歩いていると「最近何をやっているの?」と話しかけられるところから始まる、偶発的な情報共有があります。それが低下することによって、学習レベルも低下すると言われています。
そして家で仕事をしているので、特に若手の方でワンルームに住んでいる方が非常に感じやすいのですが、孤独感を感じたり、あるいは子育てをしている方が仕事中に子供の面倒を見たりすると、罪悪感を感じるケースも報告されています。そうして心身が弱まってしまうので、健康レベルが低下してしまいます。また、エンゲージメントが低くなりやすいです。分散して働いているので組織を感じる機会が少なくなり、組織に対するエンゲージメントが低下しやすくなります。
久保田:新入社員の中には、入社後ほとんどオフィスに来ていなくて、顔を合わせていないという人も多いと思いますが、それで新入社員のエンゲージメントに影響が出ているという話はよく耳にします。
神谷:新入社員は従来であれば、現場での相互作用、例えば先輩社員や上司、同期とのコミュニケーションの中で組織への適応をしていきます。しかしそのコミュニケーションがある程度制限されてしまい、働いている実感が持てません。また、企業が新入社員への仕事をバーチャルで生み出すことが出来ておらず、雑用をお願いしてしまうケースが多いです。それでやりがいを感じられず、当然周りから褒められるケースも少なくなるので、承認されずに孤立化するというケースも増えています。
そんな中で会社を辞めたいという気持ちも出てきますし、上司の管理レベルも低下します。部下が今、どんなことでトラブルを抱えているのか、どんなことで悩んでいるのかがとても分かりにくいです。オフィスにいれば、朝出社してきたときの顔を見てなんとなく察することが出来ますし、「ざわざわしている」といったようなノイズから何かを感じることも出来ます。しかしオンラインではそれが出来なくなるというデメリットがあります。結果的に人事評価の質の低下となり、適切に評価が出来なくなったり、反対に部下は上司にアピールする機会が減るので、昇進昇格が停滞します。
また、ワーク・ファミリー・コンフリクトという概念がありますが、仕事と家庭がコンフリクトします。これは大きな問題だと思いますが、やはり家庭は家庭でとても大きな仕事量があります。しかし、それとは別に仕事もあるので、それぞれが同じ空間で行われるとせめぎ合いが起こります。例えば仕事でイレギュラーが発生して緊急対応をしなければならなくても、それが子供を迎えに行く時間と重なったとすると葛藤が起こります。どちらを取っても罪悪感は残ります。このようなコンフリクトは様々な状況で発生します。
久保田:今までは場が違うので、そこで切り離されて責任も明確になっていたけれども、同じ場にいるとリアルになりますね。
神谷:やはりバーチャルの特徴は、時間と空間が融合してくるということです。仕事の空間はオフィスで、仕事の時間は定時などと定まっていたものが、家庭の空間と時間軸がミックスしてきます。その矛盾がありますね。本来であれば、家庭というのは仕事を忘れて家事や育児に勤しむ場なのに、そこで仕事を行うことによってコンフリクトが起こります。
リモートワークという働き方にはメリットとデメリットの双方がありますが、これからの日本を考えると、やはり労働人口が減少していく中で、どのように生存戦略を作っていくかが求められます。その点において、リモートワークというのはとても重要なキーになってきます。一方でデメリットもたくさんあるので、バーチャルシフトをいかに円滑に進めていくかということが、非常に重要なポイントになってきます。
リモートワーク環境で生じる多くの問題点
神谷:ここからは、ワーク・ファミリー・コンフリクトや葛藤が起こる理由についてお話をしていきます。社会学には「場」の理論というものがあります。クルト・レヴィンという人が提唱しているもので、「場」というのは単なる空間の違いだけではなく、潜在的な意味の違いが生まれるという理論です。私が今この場で話をしている環境というのは、周りにはスポットライトやカメラがあり、とても緊張している環境です。このような特徴のある空間であったり、あるいは初めて会う人がたくさんいるような社会的な特徴、または心配性や真面目といった個人的や心理的な影響というようなものでも、「場」の捉え方は変わってきます。
さらにはこのReThinkのイベントはシリーズもので定期的に開催されているもので、過去どのようなことをやってきたかという歴史的な影響によっても、この「場」の意味は変わってくると思います。このようにいろいろな影響を受けて、「場」は構成されています。分かりやすい例えを言いますと、サラリーマン達が飲み会をしていて、そこに部長が来た瞬間に場の空気が張りつめたり、社長や役員が来た瞬間にみんなウロウロし始めますよね。あれは同じ場所ですが、登場人物が増えたことによって、「場」の社会的な意味が大きく変化したということです。反対にオフィスの中で、朝にプライベートの話をすると怒られますが、夕方ではあまり怒られないという時間的な影響もあります。「場」というのはそれぞれの特徴や意味を帯びているというのが、社会学的な考え方です。
この「場」がオフィスとリモートワークではまったく違います。従来はその「場」がきちんと切り離されていました。onとoffが分けられていて、時間的には定時という区切りがありましたし、空間的にはオフィスという区切りがありました。その境界線を超えればプライベートの「場」なので、そちらの「場」に合わせて自分の行動や役割を変えることが出来ました。自分自身の役割をビジネス用と家庭用に切り分けてマネジメントをすることが出来たということが、従来のリアルな働き方です。
しかしこの境界のようなものが、リモートワークになると薄れてしまいます。空間では自分の席のようなものがありましたが、それが無くなりますし、時間では定時や昼休み、残業と区切られていましたが、すべて自分で判断することになります。そしてオフィスでは周りに上司や同僚、部下や顧客などがいたので、その人に合わせたコミュニケーションや仕事のスタイルが確立されていましたが、家では1人で仕事をすることになるので急にやる気が失せたり、無気力になったりします。またスーツを着たり敬語を使うといったところでも、オフィスにはかっちりとしたルールがありました。しかしそのオフィシャルなルールを家庭環境に持ち込むということはなかなか難しいですよね。そういった境界が無くなってしまったことにより、リモートワークではたくさんの問題が起きていると考えられます。
リアルな環境では、オフィスの中で「表舞台」と「裏舞台」がありました。これは社会学者のゴフマンという人の考え方ですが、やはり人間の生活の中では、ちゃんとしなくてはならない「表舞台」と、気を抜ける場所である「裏舞台」が存在しています。このonとoffが入り乱れることによって人間は緊張感を持って仕事ができますし、リラックスをすることができます。オフィスという物理的な環境ではその切り替えが上手くできていたと思います。
例えば、会議の時間が決まっているので、だいたい10分ほど前には今の仕事を切り上げて、会議室へ移動して会議に臨みますよね。その移動時間というバッファがありました。「表舞台」と「裏舞台」が切り替わるスイッチというものがきちんとありましたが、これがリモートワークでは無くなってしまいました。境界線のようなものが敷かれなくなったので、物理的な移動もありませんし、自分の時間と家庭の時間を自分で切り分けなければ、仕事のスイッチが入りません。自分で何でもデザインする必要が出てきました。
久保田:先日、Zoom社のイベントで、「何かZoomに欲しい機能があるか」という質問の際に、ある方が「余韻が欲しい」と仰っていました。ミーティングなどが終わったときにブツリと切れてしまうのがさみしいので、帰り道をZoomで作ってほしいということでした。まさにそれが、表舞台と裏舞台の境目ということですね。
神谷:従来は会議室に行き上司が先に座っていても、時間がまだ早ければ、会議室を素通りして自分なりに時間を作ってから会議室に入るということが出来ましたよね。しかしオンラインでは、アクセスすればみんながいる状態で、強制的にスイッチを入れられる感じになるので、大変だなと感じます。
それで起きているのが、アメリカなどでは問題になってきていますが、Connectivity Paradoxというものです。繋がりっぱなしであることで問題を抱えてしまうという問題です。本来リモートワークでは孤立感や孤独感が生まれるので、なるべく繋がろうと言われ続けてきました。しかし繋がりっぱなしでもストレスがかかるという矛盾を発生しています。新入社員や若手社員という組織の中でも弱い立場の人は、繋がりっぱなしで仕事を受け入れていると、疲弊してしまいます。ある程度さぼり方を分かっていたり、適当にやるところなどのスイッチを自分で入れることができれば、ずっと繋がりっぱなしということはなく、自ら休憩を入れることができます。日本人はとても真面目なので、ずっとバーチャルな環境に身を置いてしまうとストレスを感じてしまいメンタル不調になってしまう方も多いですね。
空間的や時間的な境界というのは、リアルなときは会社がデザインしていたオフィスに出社することで、なんとなく無意識的に働けていたと思いますが、リモートワークになると、すべて自分でフレームを作り、仕事の場や仕事の時間ということを自分の中で調整することが、とても重要になってきます。
久保田:敢えて家でもスーツを着て、自分でモードを切り替えるという対策を取ってる方もいますよね。
神谷:繰り返しになりますが、リモートワークで孤独感や罪悪感を覚えるというのは、繋がりが弱ければ孤独感を感じますし、繋がりが強ければ家のことを少ししただけでも罪悪感を感じてしまいます。onとoffの間で自分のアイデンティティや役割が揺らぎやすかったり、規定しにくいということがあります。そんなことをしていると、心身の健康レベルが低下しますし、仕事のパフォーマンスも低下します。空間や時間がきちんと規定されなくなってしまったところに、リモートワークの大きな問題があると思います。
久保田:視聴者から質問をいただきました。今の話は、役職や責任のレベルによって捉え方が大分違うと思いますが、ワンルームに住む若者の孤独感や孤立感を減らすためには、どのような工夫の仕方がありますか。
神谷:実際に若手の社員や新入社員にアンケート調査をすると、ワンルームに住んでいる人ほど健康リスクを抱えています。ワンルームに住んでいると机を置けないので、ローボードの上や膝の上にパソコンを置いて仕事をしている場合が多く、仕事環境が整っていません。ハードの側面で言えば、ワンルームで仕事をさせるということには限界があるので、オフィスの開放日を設けたり、あるいはバーチャルオフィスのような形でコワーキングスペースの利用を経費で承認するなど、ハードの環境を整えることが第一だと思います。
久保田:家庭環境を考えなければ、有効な対策は出てきませんね。
神谷:新人や若手が大変だという例を出したので、そこに問題意識が高まってしまいますが、実は今ストレスを抱えているのは管理職です。実際に定量的な調査で分析をすると見えてくるのは、大きなお子さんがいて、子供が2人以上いる家庭で管理職をされている方が、かなり健康リスクが高いということです。子供が複数人いることで家事の量が増えてきますし、また小学生や中学生のお子さんだと、オンラインで学校や塾の授業を受けるので、家庭の通信量を持っていかれてしまいます。そのような制約がたくさんある中で、管理職としての責任を果たさなければならないので、40代半ばから後半あたりの方で健康リスクを抱えている方が増えてきています。
バーチャルというのはそれぞれが置かれている環境が全く違うので、置かれている場によってリスクの要因も変わってきます。重要になってくるのは、メンバーそれぞれが置かれている場がどのような場なのか、ということを意識するようなマネジメントです。これまでは同じオフィスで同じ時間で働いていますし、同じツールを利用しているので、一律的にマネジメントをすることが出来ました。しかしリモートワークでは、置かれている場や環境、社会的な繋がりも違うとなってくるので、それぞれに合ったマネジメントの仕方や仕事のさせ方というものを考える必要があります。なのでチームの再構成が求められてくると考えます。
バーチャル環境下における“新しい職場”
ここからは最終パートとなりますが、実際にVirtual Workplace Lab.で全国的に定量調査を行って、有益なサンプルとしておよそ300件を分析した結果を元にお話をさせていただきます。
先ほど、リモートワーク環境ではひとりひとりに合ったマネジメントが必要だという話をしましたが、マネジメント行動を見てみると、皆さん結構きちんと行っていることが分かります。「業務進行」の支援、つまり業務管理については、5点満点のところ管理職の方は3.67という平均値が出ています。そして部下は3.56という平均値が出ています。統計的に比較しても、あまり差がありませんね。そして「学習や育成」についても、真面目にやられている方が多いという印象です。しかし「心身のケア」については、実際に部下に対してストレスを抱えていないか、支援をしているかという質問に対して、上司の自己評価と部下の上司評価に大きく差が出ています。つまり上司としては、リモートワークなので意識してやっていると思っていますが、部下はそのように感じていないという傾向が出ています。
心理的安全性については、リモートワーク環境でみんなが本音で話せるような環境になっているかという質問ですが、「心理的安全性に注力している」と答える管理職の方は非常に多いですが、部下はそのようには感じていないという結果が出ています。やはり上司の視点からマネジメントのあり方や求められているマネジメントをこなしているかで考えると、それは「やっている」という回答になります。しかし部下が置かれている場から見て、上司がマネジメントを出来ているかというと、そうでもないという意見が出てくる傾向にあります。
さらに細かくデータ分析をしていくと、心理的安全性に差があるという話をしましたが、心理的安全性が保たれていないと、ワークライフバランスに影響すると言われています。チーム内で率直に意見交換できていないと、ワーク・ファミリー・コンフリクトが起こりやすくなります。例えば、会議で「Aさん、この仕事をやっておいて」と言われるとします。Aさんは、自分の家族の状況などを考えると到底その仕事を出来るとは思えないけれども、心理的安全性が低いと「出来ない」とは言えないので、その仕事を請け負うことになります。するとその仕事のために家事や家族を犠牲にしてしまったりして、ワークライフバランスが崩れます。しかしその働き方は持続的ではないので、結果的にパフォーマンスが低下します。
さらにそれが続けば、チームのパフォーマンスも低下していきます。また、幸福感にも影響を与えます。反対に言えば、自分の意見を言えるような環境が出来ていれば、ワークライフバランスは保たれますし、幸福感を感じて働けますし、パフォーマンスも上がります。自分のチームにおいて、きちんとメンバーが自分自身の状況を話しやすい、伝えやすい環境になっているかという点を見直す必要があると思います。
なぜ言えないのかというと、やはり日本人はonとoffをきちんと切り分けます。外資系の企業に行けば、社内でプライベートの話を普通にしますが、日本の企業はプライベートの話をあまり会社では言わないですよね。なので自分の家庭の状況を説明しづらい部分があると思うので、そういうところでも心理的安全性を担保されるには、それなりの配慮が必要になってくると思います。
心理的安全性を保つためにはどうすればいいのかというと、ある程度部下に裁量権を与えて、任せることが重要です。「セルフ・リーダーシップ」、つまり部下にリーダーシップを発揮してもらうことで、部下がやりやすいことや興味のあることを奨励します。そして、「役割曖昧性」を解消することです。役割をきちんと定めておきます。その中で権限を委譲することが求められます。重要なのは、ここで言う役割というのは、一般的に言われているジョブではないということです。経営学ではロールとジョブを明確に区別をしていて、ジョブは仕事内容を意味します。そしてロールはチームにおける役割です。この違いは、社会的な関係性の中で役割を位置づけているということです。例えば自分のジョブは営業職だけれども、新人が来れば面倒を見るという役割が生まれますよね。ジョブには書かれていないけれども、チームに貢献する役割はいくつもあります。その部分をきちんと規定してあげることが必要になってきます。
久保田:それはバーチャルになり、「役割曖昧性」が高まってしまったということでしょうか。
神谷:そうです。「役割曖昧性」や「役割葛藤」と言いますが、結局上司が近くにいないので、迷ったときに聞くことが出来ません。なので分からないままにしてしまったり、あるいは自己判断でまったく違う役割をしてしまい、結果的に上司に怒られてしまったり、自分の役割について疑問に感じてしまいます。
リモートワークにおいて上司が心理的安全性を確保することについて、上司は心理的安全性を高めようと頑張っているけれども、部下は心理的安全性を感じていないというケースは非常に多いです。実際にインタビューをした企業でも、会議の前後5分は雑談をする時間を取っていたり、会社の経費でリモート飲み会を開催しているという話がありました。しかしその方の部下などの話を聞いてみると、雑談で話す内容を事前に考えなくてはならないし、中には新人の方で、その5分間のために15分ほどかけて内容を考えているという方もいました。それはもう雑談ではないですよね(笑)。
また、リモート飲み会も正直迷惑に感じていて、ゴールデンタイムに家にいながら飲み会をすることは自殺行為だとおっしゃる人もいました。後ろから家族の冷たい視線を感じながら、自分は笑ってお酒を飲まなくてはいけない辛さをまったくわかっていないという意見も発生しているので、上司が心理的安全性を高めようと思って部下に働きかけるほど、それは仕事や強制的な意味合いに取られてしまい、心理的安全性が低くなってしまうというパラドックスが発生しているということが現状です。
では、何をすればいいのかというと、先ほどの分析結果にヒントがあると思います。裁量権とセルフ・リーダーシップとあるように、部下に任せることです。「たまには休めよ」「家のこともきちんとやれよ」と声を掛けたり、信頼して権限を提供して、例えば散歩をしたりといったようなある程度の自由を許容することが重要だと思います。そんなことを部下がしているときに「どうしてサボっているのか」と言ってしまうと心理的安全性が下がるので、ある程度は現場に依存するという前提でやっていかなければ、リモートワークは難しいです。
セルフ・マネジメントしていかなければ、おそらく成り立たない働き方です。それで放っといたら部下が全員サボりだしたり、働かなくなったりするようなモラルハザードが起こる企業は、リモートワークをやるべきではありません。リモートワークに適していないと思います。なので社員の個性や能力レベル、会社としての組織文化も踏まえながら、リモートワークがフィットしているかどうかは検討しなければなりません。
久保田:製造業で工場に勤務者がたくさんいて、リモートワークの推進に対して社風的に後ろ向きだという質問を参加者からいただいています。今おっしゃったように、社風や仕事内容、カルチャーにもよるので、一概には言えないですね。
神谷:実際にリモートワークの研究などでは、社員の一定の割合がオフィスや工場で働いていて、一定の割合がリモートワークをしているとなると、組織内の関係性が悪くなるという研究結果があります。なのでそういうときはきちんと切り分けて、リモートワーク組とオフィス・工場組があまり関わらないような関係性であれば、そこにはコンフリクトが起こらないのでいいと思います。しかし知り合いなどもたくさんいるのに働き方を切り分けるというのは、難しいと思いますね。
久保田:公平性ということですね。
神谷:リモートワーク組と工場組が相互理解ができるような場、つまり組織全体を意識したり、リモートワークをやる意味などを丁寧に説明して、戦略的であるという正当性をリーダーが発信していかなければ、組織内は分裂してしまいます。裁量権の与え方も、部下の個性や置かれているシチュエーションによって切り分けるべきだと思います。例えばクリエイティビティを高く持っていて、どんどん新しいことをやっていきたいという人は、放っておいても1人で走り始めます。しかし論理的に考えるようなタイプだったりすると、裁量権をロジカルに説明して、どこまでOKなのか、ある程度の枠組みを与える必要があります。
また人間関係が大好きというタイプの人は、裁量権を与えることによってメンタルを病んでしまうリスクもあるので、関わってあげることが大事になります。このように、部下の個性に合わせてマネジメントをしていかなければなりませんし、部下の置かれている状況や個性を見なければなりません。
久保田:私たちのアセスメントである個にアプローチするというのは、バーチャルではより重要だということですね。DiSCアセスメントはコミュニケーション、つまり関係性にアプローチしますし、HRDグループで提供しているProfile XTというのは、仕事と1人ひとりのポテンシャルのフィットを見ていくものです。それで見ていても、適している働き方というのは人によって違うということが分かって、そういうアプローチも必要だと感じました。
神谷:現在は、社会全体が個人化していく時代であり、自律的に個人のキャリアや生活を意識していく時代です。その時代で求められるマネジメントというのは、個人に合わせた細かい粒度のマネジメントです。そのためには、細かく部下の情報を把握しているというのは大前提になると思います。
そこで裁量権やセルフマネジメント、役割曖昧性というところに何をすべきかというと、部下を支援していくようなリーダーシップのスタイルです。「E(エレクトリック)リーダーシップ」と言いますが、バーチャル環境におけるリーダーシップというのが有益な影響を与えていたという分析結果もあります。「Eリーダーシップ」というのはバーチャルチームを率いるときに不可欠なリーダーシップと言われていますが、例えば先見的な思考や、今後の予測も踏まえて今後の見通しを立て、その見通しを踏まえて部下との正確なコミュニケーションを取りながら権限を委譲したり、役割を規定していきます。そこで重要になってくるのは、部下が置かれている文化的な背景や社会的な背景を押さえていけるような知性と、部下を中心に据えた仕事のスタイルに配慮していくということです。パーソン・セントリックという人間中心主義的な考え方とアセスメントは相性がいいですし、部下のタイプを踏まえて1on1をすると、有益に活用できると思います。
文化的な知性と人間中心主義というのは、GoogleやFacebookの例を出しましたが、グローバルになればなるほど重要になってきます。宗教が違ったり時差があったりするので、部下間で大きな環境や状況の違いがあったりします。しかしそれは日本国内でも同じですよね。お子さんがいる人と独身の人でも状況は随分と違ってくるので、そこは踏まえる必要があります。
久保田:視聴者から他にも質問をいただいています。先ほどの「Eリーダーシップ」のところで、「予測」が必要な理由についてです。
神谷:今後のビジネスや、プロジェクトの展開がどうなっていくのかという点を、早い段階で見通しを立てることを、ここでは「予測」と言っています。なぜ予測やビジョンが大事なのかというと、オフィスであれはリアルタイムでその時の状況や、自分の会社の状況について、部下はある程度把握ができます。それは直接上司に質問すれば聞けるということもありますし、会社の雰囲気などでも状況を察することができます。しかしオンラインではそれが分からないので、今の組織の状況がどうなっていて、そこに対して自分たちのチームがどうなっていて、今後についてもある程度リーダーとして語ることができなければいけません。なので課長や部長レベルの視座というものを一段階引き上げて、会社としての視座を部下に対して棚卸をする必要があります。それが予測というところに含まれています。
久保田:確かに、そういうものは雑談で「こういう話があるらしい」と情報収集していましたが、オンラインではそれが出来ませんね。やはりマネージャーに冗長な、頻度の高いコミュニケーションが求められていて、タスクだけではなく、いろいろなコミュニケーションを意図的にする必要があるということですね。
神谷:これには具体的なエピソードがあり、リモートワークになったときに「自分の会社はどうなるのか」ということが現場に伝わらないと、部下のモチベーションは結構下がります。いつまでコロナが続くのか、それに対して会社はどのような判断をしているのか、ということが一切現場に伝わらないと、部下のモチベーションは低下しますし、会社に対する愛着も失っていきます。しかしそこで経営層の意見や、経営会議で話し合われていることを伝えて、課長の予測や先見の明を提示することができれば、部下は安心して働けますし心理的安全性も確保されます。そのような側面でも、予測は重要になります。
久保田:次の質問です。副業がやりやすくなっている状況で、パートタイムでも働いてもらおうという動きは、実際に企業にも出てきているのでしょうか。
神谷:その辺りはベンチャー企業を中心にかなり寛容になってきていますよね。時間を限定したり、プロジェクトを限定しているものが増えてきていると思います。実際にわが社でも、そのような働き方が出来る人に対してどんどん仕事を渡していますし、今後も増えるでしょうね。
久保田:神谷さんはスタートアップ系の企業の動きをよく見ていらっしゃいますよね。
神谷:そうですね。これからは副業も兼業も当たり前になってくると思います。やはり育児や介護をしながら、いかに効率よく稼ぐかということが重要になってきますし、そこは政府も支援しているところです。
久保田:バーチャルでの働き方というのは、やはり難しいですね。定量的にデータだけで集められるかというと、前の情報が無かったりするので比較も難しいです。やはり定性的な部分で捉えることも大事だと思うので、その両面からの見方を神谷さんにアドバイスして頂いたと思います。これを具体的にどうするのかというのは、年末のアセスメントフォーラムでも共有させていただきます。
■終了後インタビュー
久保田:神谷さん、本日はいかがでしたでしょうか。
神谷:非常に楽しかったです。まだまだこれから研究が続いていく領域ですし、みなさんが試行錯誤をしていく領域なので、私自身も学びながら皆さんに知見を共有できればと思います。質問がたくさんありすぎて全てに答えられなかったので、FacebookやTwitterなどでもご連絡いただければと思います。
2020年10月30日